第2章 5-1 一家離散

 相変わらず淡々と、かつそつなく業務をこなす。ここまで淡泊だと、余計な気を遣わずにむしろ好感が持ててきた。こんな部下がいれば、少しは会社も過ごしやすかったのかも……桜葉はそう思った。ただ単に嫌われているだけだと、無視や淡泊だけならまだしも仕事もまるで進まないのだ。


 翌朝、方伯の城であるグロッカ城へ行った際と同じく、ガズ子と予備ドラゴンへ乗り二人は竜場より飛び立った。また道案内でクロタルが先を行く。見る間に街を離れ、広大な丘陵地帯と山々のみの景色となった。あの街はこんな山間にあったのか、と桜葉は思った。しかも、見る限り眼下に田畑がほとんどない。丘陵地帯に多少の牧畜がある程度だった。スイスなどを想像する。


 (どうやって食料を得ているんだ? 輸入か?)


 だとすれば、落ちぶれて金が無いのであれば領民の生活は苦しいだろう。ハイセナキスで一攫千金を狙うのも無理はない。加えて、この「イェフカ」を造るのに、そうとう無理をしたっぽい。


 (まいったなあ)

 ようやく、今まで感じたことのない重圧を感じだしてきた。


 事前レクチャーで、テツルギン方伯領はそれぞれが帝国を構成する大国であるクン=バリン王国とラベス王国に挟まれた山間の不毛な土地で、唯一の産業が細々としたガズンドラゴンの輸出だった。かつて、各選帝侯はその権力及び財力と引き換えに、あえてそのような土地を与えられたようである。皇帝の世襲が事実化され、肝心の権力と財力を封じられてより百年以上。蓄えも使い果たし、立派な貧乏貴族だった。


 「たいへん運の悪いことです」


 同じく落ちぶれた別の選帝侯国出身のクロタルはそう云ったが、桜葉はもっと根が深いと感じていた。


 (こりゃあ、他の大国に七選帝侯国がそろってハメられたんじゃねえのか)


 つまり、七選帝侯の力を封印するため、皇帝は七選帝侯国を目の敵とする大国達によってあえて当たり障りのない貴族を祭り上げ世襲化されたのである。ただし、有名無実のまま。


 (壮大な遠謀だぞ)


 桜葉は感心した。あくまで桜葉の妄想であり、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。だが、きっといま現在の帝国政府を牛耳っている国を調べれば、黒幕が見えてくるだろう。


 コロージェン村はクン=バリン王国との国境に近い寒村で、山岳ヤギなどを細々と飼い、ささやかな耕作地を維持していた。また、断崖絶壁の山脈でガズンドラゴンの卵をとる職人が何人か住んでいた。ガズンドラゴンは一度の産卵で一個しか卵を産まず、また何年に一回産むのかも定かではなかったが、最初の卵を失っても二個めだけ産むのが分かっている。


 方伯領はそのようなわけで非常に狭く、ドラゴンで飛翔すれば一時間もしないで国境のマラバル山脈へ到達し、高度は気流が乱れるため低空を舐めるように飛び続けると昼前には村が見えてきた。


 ゆっくりと村へ向かって降下し、村から少し離れた空き地へ降りる。ここいらの代官であるカッテラーより遣わされた役人が数人おり、真新しい小屋とドラゴン乗降台が用意してあった。二人はドラゴンから降り、まずは小屋へ入った。


 村人の出迎えでもあるのかと思ったクロタルは、不思議そうな顔で若い役人へ声をかけた。


 「よくわかりませんが、村人は誰も関心を持とうとしません」

 クロタルがイェフカを見たが、桜葉に分かろうはずがない。

 「スティーラの御家族は?」

 「それが……」

 役人がイェフカを気にしつつ、説明した。

 「契約金を受け取ったのち、一家そろって失踪!?」


 クロタルが流石に驚いて、高い声を出した。またイェフカを見たが、桜葉も見返すほかない。


 「こ……婚約者がいたと聞いてますが」

 「同じく、行方不明です」

 「いったい、どうして……」

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