第2章 4-2 謁見の作法
桜葉は圧倒されたのと、そのにわかに光る狂気的な眼の色にちょっと引いた。
(まったく実感がわかねー)
無理もない。
「とにかく、御目見えは三日後です。準備を怠りなく」
「準備って……何の準備ですか?」
前の会社でも、主任職は偉い人の前でのプレゼンも資料作成くらいでふつう行わなかった。年下の係長や、同年代の課長の手下として働いていただけの桜葉は、急にそう云われてもまったくピンとこなかった。
「ええ……例えば、何か聞かれたときに、どう答えるか事前に考えておくとか」
(うわー想定質問かよ。まるっきりプレゼンと同じだな)
めんどくせーという思いがありありと顔に出たのか、クロタルはこれがどれだけ名誉なことなのか力説しだした。
(価値観が違うんだよ、勘弁してくれえ)
そう思いつつ、歴史クラスタの桜葉はそんなことよりおそらく偉い人と謁見するときの作法があると考え、
「あの、それもそうなんですが、侯閣下と御目見えする際の……その、作法とか所作とか教えて……ください」
クロタルが、感心したようにうなずく。
「侯を覚えてないくらいですから、仕方もありません。本来であれば宮殿から作法係を呼ぶのですが、急には無理です。私でよければ、復習しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「それにしても、よく作法があると思い出しましたね」
「え……ええぇ、まあ、その……」
「まず、謁見の間の入り口から前への進み方ですが……」
そうして、部屋で一からレクチャーを受けたが……桜葉はあまりの常識の違いに目眩がした。騙されていると思った。
「クロタルさん、これ、本当ですか?」
「本当ですよ」
けっきょく、複雑すぎて覚えられなかった。
その夜、水差しの水が切れたので、桜葉は大きな瓶をもって食堂まで水を汲みに行った。ぼんやりとしたランタンのような謎の明かりが通路へぽつん、ぽつんと掲げられ、電気に慣れた目には非常に暗く映ったが、既に慣れたものだった。ふと、通路の途中で、食堂から誰か出てくるのを見た。ランツーマかと思ったが、ユズミだった。また桜葉は思わず暗がりへ身を隠した。どうもあの女は苦手だった。
すると、ユズミの後ろからクロタルが出てくるのを見た。心臓が早鐘を打ち(実際は打っていないが)、桜葉はたまらず後をつけた。二人はやや興奮し、桜葉へ全く気付かず、小声ながら早口でまくしたてあっている。
「冗談じゃない、どうしてあいつだけ先に御目見えがかなうの!?」
「それだけの功績があったということでしょう」
「なにもしてないじゃない!」
「侯の肝いりですよ。それに、新しい武器の開発も」
「あんた、本当、どっちの味方になったの?」
「もはやどっちの味方でもない、と云えるかもしれません」
「ボーンガウレを裏切るつもり!?」
「またその話? 私たちはもう、七選帝侯国で一つの国でしょう?」
「きれいごと云わないで。このままだったら、テツルギンが七選帝侯国の盟主ってことになるわ」
「じっさい、そうでしょう。テツルギンだけが唯一ハイセナキス全国大会で優勝経験がある。そのため、このように立派な施設を有している。あなたも私も、アークタにランツーマも、施設やドラゴンを借りているにすぎない。それに、テツルギン侯が最もお金を出している」
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