第2章 4-3 城へ飛ぶ

 「それはそれ、これはこれでしょう? わたしたちがいなかったら、テツルギンだってイェフカしかいないことになる。テツルギン以外は、お金と人材を提供している」


 「とにかく、私はイェフカ付きを命じられたのだから、自分の職務を果たすだけ」

 「お人よしね。馬の骨にそのイェフカを獲られたってのに」


 「博士の命令です。それに、イェフカが彼女を選んだ。私は選ばれなかった」

 「本気で信じてるの!?」

 「いまならわかる。イェフカは……必ず勝つ」


 「あの変な刀を使う変な戦闘法でしょう? ずっと見てたわよ。槍はまあまあになったようだけど……あんなので、わたしたちに勝てると?」


 「すぐには無理でしょう。でも、練習次第では……」


 桜葉はそこで後をつけるのを止めた。二人は通路を出て、暗闇と星明りの中、どこかへ行ってしまった。


 今日は一つだけ、月が出ていた。



 三日後。


 桜葉は朝からクロタルに連れられて、食堂と同じく建物の一階にある浴場へ通された。風呂があるとはつゆ知らず、桜葉は驚いた。ドラムになってから身体が老廃物で汚れないので、たまに濡れタオルで土ぼこりを拭くくらいだったのだ。


 しかし、やはり見たところ、大きな浴槽はない。湯浴み場、といったところだった。

 「さ、服を脱いでください」

 「はい」


 手慣れたもので服を脱ぐ。行きつけだった潮吹きヘルスを思い出して桜葉は思わずクロタルの尻を触りそうになり、あわてて手を引っこめた。


 「いやっ、自分でできますから」

 「そうですか? 忘れているものとばかり」

 「これ、お湯ですよね? タオルはこっち……と。石鹸を使うんですか?」


 「石鹸を使うほどドラムは汚れないと思いますが、香りをつけたければどうぞ。香料入りですよ」


 「なるほど」


 素っ裸になって、桶で湯を浴びた。排水もしっかりしている。久しぶりに湯の感触を味わった。ドラムの身体でも、ほとんど生身と変わらない感触をえられるようになっていた。ただし、ハイセナキスでは魔法に護られてほとんど痛みを感じないという。


 濡れタオルで不格好な形の石鹸を泡立て、身体を洗った。顔や髪も洗ってみる。もとより皮脂や垢で汚れていないので、あまり爽快感はない。自分で自分の身体を洗っている反面、ラヴドールでも洗っている感覚がした。それでも……。


 「風呂に入りてえ」

 しみじみとそう思った。


 浴場を出ると、少し立派な服をもってクロタルが待っていた。ハイセナキス選手の正装であるという。身体を丁寧に拭いた後、クロタルに手伝ってもらって着付ける。やはり下着のパンツは無い。ノーパンだ。


 「あの……クロタルさんも、スカートの下は何も穿いてないんですか」

 「ええ?」


 クロタルの眼が丸くなる。無言で長いスカートの片足をたくし上げた。丈の長いズロースのような下穿きをつけている。


 「穿いてますが」

 「その下は?」

 と、云おうとして、やめた。


 クロタルが先を歩き、二人は飾られたガズンドラゴンの待つ竜場へ向かった。二頭いた。一頭はガズ子で、もう一頭は予備のドラゴンだ。クロタルはスカートのままで跨るのだろうか。桜葉は驚いたが、なんとスカートではなく、馬袴うまばかまのように二股に分かれている。見た目そっくりなので、分からなかった。


 しかも、当然のようにクロタルはガズンドラゴンを乗りこなした。桜葉の先を飛び、街を横断して立派な建物へ向かう。それほど巨大なものではないが、こんな山間の田舎城にしては規模が大きく、宮殿というにふさわしい。かつて、帝国内でもブイブイ云わせていた時の名残なのだろう。

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