第3話 僕の秘密
家に帰りつくと、居間にお母さんと三歳になる弟がいた。お母さんは洗濯物をたたんでいる最中で、弟はじゅうたんの上でお昼寝中だった。僕は弟をおこさないように小声でただいまと言って、すぐに階段へむかった。安全のため、弟のミノルが階段をのぼらないようにつけたガードを片足ずつのりこえると二階の自分の部屋に行った。
ドアの鍵をかけて、だれも入ってこれないことを確認してからポケットを広げてやると妖精がそれにきづいて丸めていた体をおこした。
はじめは警戒して顔をだして様子をうかがっていたけれど、僕しかいないとわかって安心したようだ。羽を大きく広げるとポケットの入口から飛びたった。
妖精は探索するかのように部屋の中をひとしきり飛び回っていた。優雅に羽を広げて飛んでいる様子はとても神秘的で、妖精が飛んだところは余韻をのこすように金粉が舞った。それをながめていると幸せな気持ちになって、いつもいる自分の部屋でさえも特別な空間に思えた。
その日の夜は、ほとんどの時間を部屋ですごした。家族に妖精のすがたを見られないようにするためだ。食事とお風呂、トイレの時だけは部屋から出るしかなかった。僕は、すぐにもどってくるからね、と声をかけるときょとんとする妖精を残して部屋を出た。妖精を一人にしているあいだ、そわそわして落ちつかなかった。部屋にもどったら妖精はいなくなっているかもしれない。そう思うとご飯を味わう余裕なんてなかった。
コップに水を入れて部屋にもどると妖精はちゃんといた。そして、まっていたとばかりに飛んできて、僕のまわりをぐるぐる回った。胸のあたりがポカポカと熱くなるのを感じながら、僕は手にもっていた水とポケットからとりだした一切れの食パンを机の上に置いた。どちらも妖精のためにもってきたものだ。けれど妖精はそれらをじっと見つめただけで口にはしなかった。
「食べないの? おなか空いていないの?」
話しかけても妖精は、ピチチと鳴いて首をかしげただけだった。やっぱり言葉が通じないようだ。それでも、妖精が僕を気に入ってくれているのはわかった。ひんぱんに僕の肩にとまっては腰をおろした。そして、歌を奏でるように鳴いた。昼間にきいたときよりもずっと明るい声色で、楽しい気持ちが伝わってきた。僕は妖精の声が好きだった。いつまでもきいていたいと思った。
寝る時間になったので、妖精のためにタオルを重ねただけの簡易的なベッドをつくった。けれど、妖精はそれを使おうとはせず、僕の顔のすぐそばで体をやすめた。金色の瞳がまぶたのむこうに消えていく。妖精の羽がときおりゆったりと動いた。そのたびに頬にふれてくすぐったかった。
動物とも虫とも違う。手足に五本の指があって二足歩行で人より少し冷たいけど温かみのある生き物。見つけたのは地球で僕が初めてかもしれない。そう思うとワクワクが止まらなくなった。眠りにつくまでのあいだ、かすかに寝息をたてる妖精のかたわらで僕は静かに胸を高鳴らせた。
翌朝、目覚めると妖精はまだ眠っていた。寒くないように妖精の肩までかぶせてやったタオルがやわらかに上下している。おだやかな寝顔をながめていると、妖精があくびをしながら体をおこした。そして、僕の顔をみて、嬉しそうに羽をゆらした。おはようと言うと妖精もそれにこたえるようにチチチと鳴いたので、僕はほほえんだ。金色の瞳はあいかわらず澄んでいて、窓から入ってくる朝日をうけてさらにかがやきを放っていた。
それから、部屋を出て階段をおりていき朝の支度をすませた。ご飯をたべて、ふたたび部屋にもどったあと、妖精と少しのあいだすごした。学校に行く時間になったので、ランドセルを背負うと妖精に笑いかけた。
「じゃあ学校にいってくるからね。ちゃんとおりこうにしているんだよ」
妖精は意味がわからず、ただきょとんとしていた。僕は妖精を残して部屋を出ると外から鍵をかけた。だれにも入られないようにするためだ。本当は妖精をポケットにいれてこっそり学校につれていきたかったけれど、授業中に妖精がでてこようとしたら大変なので置いていくことに決めた。僕はうしろ髪をひかれながらも家を出た。
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