第2話 僕の見つけたもの

 雲ひとつない大空の下、家にむかって歩いていく。途中いちごをハウス栽培している畑のそばをとおった。ハウスの入り口から見えるいちごは、太陽のおすそわけをもらって日をおうごとに赤さを増した。

 僕の家は、学校の校区内でかなり遠いほうだった。しかも、住宅街から少し外れたところに家が建っているため、一人で登下校することがほとんどだった。

 家までの長い道のりをできるだけ退屈に思わないよう、僕は鼻歌を歌ったり、空にうかんだ飛行機雲の長さを手のひらで測ってみたりした。

 しばらく道路を道なりに進んだあと、細い道に入った。林に面した車のとおりが少ない一本道だ。道をはさんだ林の反対側には、だれも住んでいないボロボロの木造の平家が何軒も建っている。

 僕はパーカーのポケットに手をつっこむと、人気のない道をまっすぐに進んだ。林のほうを見上げると、生いしげった木々の枝の隙間から太陽がこちらをのぞいていた。太陽はまだ高いところにある。暗くなるまで時間があるし、帰ったら大好きな虫図鑑でも見よう。そう思いながら、僕は見上げるのをやめると視線を道にもどした。

 すると、少し進んだ道の端になにかがいるのを視界でとらえた。よく見ると、それは猫だった。帰りがけにときおり見かける近所の家で飼われている茶色い猫だ。背中をなでようと声をかけたことがあるが、見向きもされなかった。プライドが高く可愛げのない猫だ。

 猫は朽ちはてた平屋のほうをむいていた。そして、じっと動かないまま、ひびわれた外壁を見つめていた。距離をちぢめていくと、ようやく猫が僕にきづいた。ハッとしたようにこちらを見たあと、もう一度平屋の外壁へ顔をむけた。それから鼻をスンと鳴らし、名残おしそうに林の中へ駆けていった。

 ガサガサと枝葉のこすれる音が遠のいていき、静けさがもどってきた。風鈴の音がどこからともなく鳴った。耳を澄ましたときには止んでいてなにもきこえない。僕は猫が見つめていたところに意識をむけた。今にもくずれてしまいそうなひびだらけの土壁には、僕の腰の高さの位置にこぶしひとつ分が入るくらいの隙間ができていた。

 どうやら猫はこの隙間を見つめていたようだ。ここからでは中はうす暗くてよく見えなかった。猫はなにを見つけたのだろうか。ネズミかトカゲか、それともカマキリなどの大きな虫かもしれない。もしそうだとしたら猫は狩猟本能があるから、出てきたところを捕まえようと待ちかまえていたのだろう。

 僕はポケットから手を出して身をかがめると中をのぞきこんだ。カマキリやカミキリムシだったら捕まえようと思ったのだ。ほんの少しの光を頼りに動くものがないか探す。隙間の中は小さな空洞ができていた。風で入りこんだのか、くさった葉や枝がたまっている。その奥の暗がりになにかがいた。じっと見つめたあと、僕は目を見開いた。視線の先にいたのは金色の目をした人型の生き物だった。

 僕は驚きのあまり、のぞきこんでいた隙間から顔を離した。すると中から枝葉のこすれる音がきこえてきて、金色の目の主が遠慮がちにすがたを現した。隙間の入口に手をかけてこちらを見つめるその生き物は僕の手のひらくらいの大きさで女の子の格好をしていた。肩にかかる長さの髪はふわふわで目と同じで金色だった。葉を重ねてつなげただけのシンプルな服をきており、背中に蝶のような羽がついていた。透明感のある白い羽だ。それから、ひふは細かなうろこでおおわれていて、透きとおるように白かった。

 童話の本で僕はその存在をしっていた。けれど、架空の生き物だと思っていた。まさか本当に妖精がいるとは想像もしていなかった。

 僕はどきどきした。喜びと戸惑いがまざったような複雑な気持ちだった。中身のわからない宝箱を見つけたらこんな気持ちなのかなと思った。

 妖精は無垢な表情で僕のことを見つめていた。まばたきをするたびに金色の瞳がキラキラと輝いてとてもきれいだ。

 僕は妖精がこわがらないように優しくほほえんだ。それから、おいでとつぶやくように言って手をさしのべた。

 妖精はのばした手を黙って見ていた。やがてゆっくりと羽が動きはじめ、僕のほうに飛んでくると手のひらの上に降りたった。

 そして僕の顔を見て鳥のようにピチチチと鳴いた。鳥の鳴き声に近いけれど短調ではなく、いろいろな音がまじっていた。妖精は少しのあいだ鳴いていた。フルートの音色をきいているみたいで心地よかった。妖精はなにかを伝えようとしたのかもしれない。けれど、僕には鳥のさえずりにしかきこえなかった。

 この小さな生き物はなんだろう。虫図鑑でも見たことがない。やっぱり妖精だろうか。それならばどこから来たのだろう。わからないことばかりだった。

 それでも、この妖精のことをこわいと思わなかった。僕は手のひらに妖精をのせたまま伸ばしていた腕をひきもどすと、反対の手でパーカーのポケットの入口をつまんで広げた。誘い入れるように手のひらを入口に持っていく。妖精はポケットをのぞきこんだあと、羽をゆらしながら中に入っていった。そして、なにも言わずにちょこんとうずくまるようにして座った。

 家までの道のりは夢心地で体が宙にういているみたいだった。妖精が僕を信頼してそばに来てくれた。たまらなく嬉しかったし大切にしようと思った。僕は何度もたちどまっては、妖精がポケットの中で苦しそうにしていないか確認しながら帰った。

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