僕の妖精
無自由
第1話 僕の好きな人
小学三年生になったばかりの春だった。
帰りの会がおわって、クラスメイトたちが一斉に教室をかけるようにして出ていく。一番前に座っていた僕も帰ろうと身支度をととのえていた。
「蒼井くん」
名前を呼ばれてふりかえると、凛ちゃんが立っていた。凛ちゃんはクラスメイトの女子の一人だ。三年生のクラス替えで初めていっしょになった凛ちゃんは可愛い。
背中につくくらい長い黒髪はいつもツヤツヤだし、目も大きくて黒い宝石みたいだ。それに話し方も僕よりずっとおとなっぽくて、先生の前で発表するときでもはっきりとしゃべる。僕みたいに緊張して言葉につまったりしない。
おなじクラスになってすぐに、僕は凛ちゃんが好きになった。けれど勇気がないから話しかけることができないでいた。だから、声をかけられてとても嬉しかった。
僕はなんとか気持ちを落ちつかせると、ゆっくり口をひらいた。
「どうしたの。凛ちゃん」
「蒼井くん、明日は日直当番でしょ? 凛も当番なの。よろしくね」
黒目が見えなくなるくらいに凛ちゃんは目を細めて笑った。ツヤのある髪が窓からさしこむ太陽の光を反射させて光っている。天使のわっかをかぶっているみたいで、おもわず見とれてしまった。
「う、うん。よろしく」
「それじゃあ、またね」
凛ちゃんは背をむけ離れていくと、今度は教室に残っておしゃべりをしていた男子二人に声をかけた。僕と違って、運動が得意で女子から人気のある男の子たちだ。凛ちゃんは二人と楽しそうに話したあと、おりたたんだメモ紙をそれぞれに渡し、教室を出ていった。
僕は男の子たちのほうに視線をもどした。さきほどもらった手紙を嬉しそうに読んでいるのをみて、うらやましく思った。
最近、仲のいい男子に手紙を書いて渡すのが、数人の女子のあいだで流行っていた。授業中に先生の目を盗んでこっそりと書いたものを休み時間や放課後に渡すのだ。
ちなみに僕はもらったことがない。僕はおとなしい性格だし、女子とも話さないからもらえないのは当然のことだった。
男の子たちのほうから聞こえてくる話によると、手紙には天気や学校のこと、その日の出来事など、とりとめのないことが書かれてあるらしい。それでも、もらった男の子たちは満足そうにしていた。女の子が自分のために書いてくれた。それだけで嬉しいものなのだ。
僕も一度でいいから手紙をもらってみたい。その相手が凛ちゃんだったらどんなに幸せだろう。
そんなことを思いながら、ランドセルを背負うと教室をあとにした。
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