10.

 コーヒーを飲みながら、窓の外のを見た。

 無数の黒いカラスが枝に止まって赤い柿の実に黒いくちばしを突っ込んでいた。

「カラスは大丈夫なんですか?」と、シバヌマさんに聞いてみた。

「あの実を食べても殺さなくて良いのか、って意味かい?」とシバヌマさんが僕に聞き返した。

「柿のに近づく〈カラスモドキ〉を撃ち殺してるって事は、実を食べちゃいけないのは人間だけじゃないって事ですよね?」と僕。

「まあ、そうだな。カラスは特別だ。柿のに近づく事を許されている数少ない動物なんだ」

「カラス以外の動物が近づいたら、やっぱり撃ち殺されるんですか?」

「大体は。ただ、虫とか、もっと小さな微生物なんかは対象外だ。キリがないからね。木の周りに年がら年中、殺虫剤やら農薬を散布し続けるっていうのも現実的じゃないし」

「その基準って何なんですか? 柿のに近づいて実を食べても良い動物と、近づいたら問答無用で殺される動物とを分ける基準って?」

「さあ、それは僕にも分からないな。僕はこの仕事をする前の研修で習った通りにしているだけだから」

「質問ついでに、もう一つ良いですか?」

「どうぞ」

「前々から不思議に思っていたんだけど、この学校の周辺に集まるカラスは、何でんですか? それとふん……これだけの数のカラスが集まれば、ふんの被害も尋常じゃないはずなのに、それが全く無い」

「この塔屋とうやの上に発振器があるんだ。四六時中、ある特殊な音波を発していてね。それがカラスの生理にある種の影響を与えて、鳴いたり排泄したりを抑制するんだよ」

「じゃあ、ここのカラスは糞尿をしないんですか?」

「さあね。たぶん……きたら、音波の届く範囲の外へ出て来るんじゃないのかな」

「本当ですか?」

「たぶんね」

 コーヒーを飲みながらシバヌマさんと話しているうちに、紙コップが空になった。

 タナコエさんが居ないなら、こんな場所に用はない、というのが正直なところだった。

 これ以上シバヌマさんの仕事を邪魔しても悪い。

「コーヒー、ごちそうさまでした。僕、そろそろ行きます」

 僕はシバヌマさんにもう一度礼を言って紙コップをゴミ箱に捨て、下り階段へ向かった。

 二、三段、階段を降りた時、シバヌマさんが「ああ、そうだ」と言って僕を呼び止めた。「彼女……タナコエさん、だっけ? 彼女、放課後は週一回しか来ないけど、来た日は学校が閉まるギリギリまで居座るんだよな……まあ、何かの参考までに、ね」

「はあ、そうですか……」

 生徒のプライバシーをベラベラしゃべるのは如何いかがなものかと生意気に忠告した手前、『貴重な情報をありがとう』と言うわけにもいかず、僕は曖昧な返事をして塔屋とうやを後にした。

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