9.
放課後、もう一度屋上へ行ってみた。
シバヌマさんが、PCの画面を眺めながらコーヒーを飲んでた。
タナコエさんの姿は無かった。本も無い。
「彼女、放課後に来ることは滅多に無いよ」シバヌマさんが僕を見て言った。
「へええ、そうなんですか」と、いかにも興味無さそうな風をよそおい、僕は当たり
まあ本当はバレバレなのかも知れないが、あからさまに
僕だって、目の前へ垂らされた釣り針に
「昼休みは、二日に一回くらいかなぁ」とシバヌマさんは続けた。
「何がですか?」と、すっ
「いや、だからさ、彼女のことだよ。彼女。今日の昼休みにそこで本を読んでいた女子生徒」
「へええ。そうなんですか」
「昼休みに比べると、放課後に
彼は、PCの画面に視線を戻し、キーボードをカタカタ言わせて何やら打ち込んだ。
「ははあ……やっぱりパターンがあるなぁ。彼女が放課後ここへ来るのは決まって火曜日だわ。彼女にとって毎週火曜は屋上の日、って事なのかな?」
「ひょっとして、タナコエさんが
「そりゃ、そうさ……何日に何人の生徒が屋上に昇って来て、どれくらいの時間
言いながらシバヌマさんはキーポードを叩いた。PCに彼女の名前をインプットしたのだろう。
……しまった……と僕は思った。口を
「だとしても……仮に、屋上へ来る生徒の数を把握するのがシバヌマさんの役目だとしても、それを
「教えて欲しくなかったの?」
「僕が、彼女の放課後の行き先について知りたいと思っているのか、いないのかは、関係ありません」
「案外、
その時、PCのスピーカーから「ピー、ピー」という警告音が発せられた。
シバヌマさんが立ち上がって壁から小型ライフルを外し、
本校舎屋上周囲にグルリと
女の……いや、
昼間見た
体の輪郭が
シバヌマさんが窓を少し開けて
「パンッ」という、小さく乾いた音と共に〈カラスモドキ〉の側頭部に小さな穴が開いて血が吹き出し、〈カラスモドキ〉はその場にバタリと倒れた。
すぐにカラスどもが何羽も舞い降りて、その死体を
「昼間も屋上に侵入して来たけど……〈カラスモドキ〉って多いんですか?」僕は、スコープから目を離したシバヌマさんに聞いた。
「まあ、週に五・六匹ってところかな。今日はもう二匹
言いながら窓を閉めて壁掛けに銃を戻すシバヌマさんに、僕は重ねて
「やっぱり、やつらの狙いは『柿の実』なんでしょうか?」
「そりゃあ、そうさ。それ以外にわざわざこんな殺風景な場所に来る理由なんて有ると思うかい?」
「あの……『柿の実を食べれば、何でも願いが
「僕はそう教わったけどね。君だってそうだろう? この町の人間なら誰でも知ってる事だ……ただし……」
「ただし、何ですか?」
「屋上管理人というか、この柿の大木の管理人になる直前、研修で教わったんだけど……正確には『柿の実を食べれば、思いの強さに比例して、何でも願いが
「思いの強さに比例して? それは、どういう……」
「例えば、君があの柿の実を食べながら『一個五円のビー玉が欲しいなぁ』と思ったとする」
「一個五円のビー玉、ですか?」
「例え話。まあ聞きたまえ……仮に君が『五円のビー玉が欲しい』と思えば、その思いが弱くても……つまり、気楽な感じで願ったんだとしても、その願いは
「願いは
「
「それじゃあ……それなら『何でも
「
「でも……」
「でも、そもそもそんな『強い思い』を持つ事それ自体、常人には無理だって言いたいのかい? だったら、ほどほどの願いを
シバヌマさんの言葉に、何だか僕は
シバヌマさんが、納得できないでいる僕の顔をしばらくジッと刺すような目で見て言った。
「もちろん分かっているとは思うが、これはあくまで例え話だ。言うまでもない事だが柿の実を食べた者は極刑に処せられる」
「分かってます」
そうだ……この町の人間なら誰でも知っている。
この学校の屋上に生えている大樹の実を食べた者は、
「そのために僕がいるんだ。もし、この屋上に生えた大木の実を食べた者が居たなら、そいつを探し出し、処刑するために」シバヌマさんが続けて言った。
「知ってます」僕は、シバヌマさんの眼光の強さにゾッとして思わず目を
シバヌマさんは一度「ふん」と鼻を鳴らし、それを
「でも……まあね」とシバヌマさん。「『何でも願いが
シバヌマさんは窓の向こうの柿の
「……実際のところ、これは一方的に望みが
言いながら、シバヌマさんはパソコン・デスク横の戸棚から紙コップを出してインスタント・コーヒーの粉を入れ、電気ポットのお湯を注いだ。
「人の持つ『業』や『執着』の強さを数値化したもの……それが『お金』って事なのかもね……そして世の中に金持ちと貧乏人が居るように、人それぞれ『思い』の強さは違う。『業』や『執着』の強い人間ほど、それに比例してお金を引き付ける力も強いっていうのは
僕はコーヒーの入った紙コップを受け取り「ありがとうございます」と言って一口飲んだ。
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