2.
翌日、僕は寝坊する事なく、朝七時にセットした時計の音と同時に目覚めた。
真夜中に祖父の大声で起こされても、睡眠不足は感じなかった。
祖父の認知能力が変質して以降の生活に、僕の体が慣れてしまったのだろう……僕は、短い時間でストンッと深い眠りに入る『特技』を会得していた。
ベッドから降りてカーテンを開けた。
二階の自室の窓から見下ろすと、いつも通り薄暗い朝の路地あった。
天を見上げると、いつも通り厚い雲が薄ぼんやりと光っていた。
* * *
僕の町には四季が無かった。
一年じゅう冬が続く。
毎日毎日、日の出の時間はキッカリ午前七時で、日の入りは午後五時だ。
おまけに日光は厚い雲に遮られて
町外れに小さな気象観測所が開所して以来百五十年、この町が青空の下にあった日は、たったの三日しかなかった。
永遠に冬の曇り空が続くと言っても、寒さはそれほど厳しくない。緯度の関係なのか地形の関係なのか、あまり気温は下がらない。
寒波が来て気温が摂氏零度以下になって雪が降ることもあるけど、そんなのは一年に一回、有るか無いかだ。
最高気温は摂氏八度から九度、最低気温は三度から四度……そんな薄ら寒い日が延々と続く。それが僕の生まれた町だった。
* * *
一階のダイニングに降りていくと、いつも通り父が朝食後のコーヒーを飲んでいた。
いつも通り母は既に家を出た後だった。
母の職場は父よりも遠く、毎日、父より三十分早いバスに乗る。
僕は食パンを二枚トースターに入れ、ウィンナーをフライパンで炒めた。これも、いつも通り。
少し遅れて弟が降りてきた。
僕はフライパンに玉子を二つ落とし、出来上がった目玉焼きを真ん中の白身のところで二つに切って二つの皿に盛り付け、ウィンナーも均等に分けてテーブルの自分の席と弟の席に置いた。
焼き上がった食パンは二枚とも僕が食べる。
僕がトースターから食パンを出すのと入れ替えで、弟が新しい食パンをセットした。
「父さんと母さんは、隣町にアパートを借りて住むことにしたよ」
僕と弟が席に着いたところで、コーヒーを飲み終えた父が言った。
「やっぱり片道一時間の通勤は
さすがに僕も弟も、いきなり何を言い出すのかと父の顔をまじまじと見た。
父が続けた。
「それに……職場のすぐ近くに良い物件が見つかったって母さんが言うし」
父の言い分は、こうだ……この町から父の職場まではバスで三十分。母の職場は、さらに三十分進んだ隣町。つまり、父の職場は、僕らの家と母の職場のちょうど中間点にある。隣町に住めば母は徒歩で通えるし、父にとっては隣町から今とは逆方向のバスに乗って職場まで三十分。通勤時間は今と一緒だ。
母にとっては今より遥かに通勤が楽になるし、父にとってはプラスでもマイナスでもない。だったら、母が楽になるぶん夫婦合わせれば引っ越す価値がある、という計算だった。
なるほど、両親にとっては理に
しかし、それにしても、あまりに突然の話じゃないか……僕は、そう思った。
中一の弟はともかく、僕は三年生だ。
まさか、中学三年生の後半、あと数ヶ月で卒業というこの時期に転校しろと言うのだろうか。
「そのアパートっていうのは広いのかい?」弟が父に
「いや……アパートに住むのは三人だ」
僕と弟が『どういう事?』という表情で父の顔を見た。
「引っ越すのは私と、母さんと、ケンジの三人だ。キョウイチと
キョウイチというのは僕の名で、ケンジは弟の名だ。
「つまり……僕に
「別に、
「それは、まあ、そうだけど」
「この家に残るキョウイチが
「う〜ん」
確かに、言われてみれば、祖父と二人暮らしといっても、実質的には一人暮らしのようなものだ。
誰に
「生活費は?」念のため父に聞いてみた。「食費やら、生活雑貨を買うお金は?」
「心配するな。毎月、お前の口座に振り込んでおく。その範囲内でやりくりするんだ」
「そうか……いつ引っ越すつもりだい?」
「アパートを借りる契約は半月後になるだろう。ケンジの転校その他、各種手続きが終わり次第、出来るだけ早く、と思っている」
「急なんだな」
「まあ、そう言わず、お前らも対応してくれ」
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