その3 審査結果は予想通り

 約1スルザン2時間後。

 対象の試行錯誤の結果が形になって俺の目の前に出ている。


「作業が進んでいないようだから聞くが、この壊れた箱もどきが自動車なのか?」


「時間が足りないだけだ」


 対象はそううそぶくが元気が無い。


「いや、足りないのは知識だ」


 もういいだろう。

 引導を渡してやる時間だ。


「確かに君は自動車という存在を知っている。使った事もあるだろう。

 しかしその経験で自動車を作る事が出来るかといえば答はNOだ。エンジンやサスペンションの構造。ハンドル等舵操作の仕組み。

 君はそんな先人が苦労して色々開発したものを何もわかってはいない。ただ利用していただけだ。


 それに鉄という素材自体も色々な性質がある。こういった乗り物に使うならそれなりの強度を持たせないと弱くなったり重くて使えなくなったりするだろう。只の鉄に見えるところも実は研究なり経験なりで微量の材料を混ぜたり加工法を工夫したり、色々な知識で成り立っている訳だ。


 それを利用しただけで知っている、作れるなんてのはおこがましい態度だ。そう思わないかな」


「いや、これは魔法が不完全なんだ。思い描いた物が出来ない魔法が悪いんだ!」


 そう言っている対象の姿は虚勢を張っているようにしか見えない。


「ならこの世界で君の知識は役に立たない。自動車という単語と曖昧な利用イメージだけで物を作れるような便利な魔法はこの世界にも無い。

 さて、他に君が披露できるような有用な知識はあるかな」


 対象はまた少し希望を取り戻したように見えた。


「当然だ。俺はより進んだ世界から来たのだからな」


「ならペーパーテストを用意しよう。ちゃんと君のわかる言語で書いてある。数式の表現なども注意して翻訳した。

 歴史とか社会分野や言語分野は世界によって違うだろう。だからここは科学分野と数学等に科目を絞ってある」


 ちなみに内容は一次方程式、二次方程式、二次方程式でも積分でも求められる文章題、確率の問題、道別れの分岐数の問題、原子のイオン化傾向、力の分解だ。

 ぶっちゃけこっちの中等教育を受けた者なら解ける程度。


 でも案の定、対象は苦戦している様子だ。


「こんな記号は知らないぞ」


「わざわざ君の世界の記号にあわせてやったんだがな」


 一次方程式2問を解いた段階で男の鉛筆は止まった。

 おいおい、もう少しは粘ってくれよ。


「どうした」


「うるさい!思考の邪魔だ」


 考える程の問題ではない。

 手を動かせば解ける内容だ。


 結局1スルザン2時間かけて埋まった回答欄は3割。

 更に言うとその3割中、正解は0。

 つまり0点だ。


「こんな知識世間では必要ない!」


「悪いがワーサキ国でも中等教育レベルの問題だ。この程度の問題を解けない癖に、有用な知識とか進んだ世界なんてのは話にならない」


 まあそんなものだろうと俺は最初から思っていたのだけれど。


「さて、他に言い残す事はあるか」


「待ってくれ、何かの間違いだ。こんなのおかしい、インチキだ!」


「どこが。はっきり言って見ろ」


「俺は本当は勇者の筈なんだ。異世界にやってきた勇者なんだ。ただ皆が気づかないだけなんだ。そうお前もそうだ。いや、お前こそ悪の手先だろう。間違いない。少しでも神を恐れるなら俺を解放しろ。伝説の勇者にふさわしいもてなしを!」


「もう無駄みたいだな。君から聞く事は何も無い」


 面倒なので対象の口を魔法で閉じる。

 うむむむーと何か唸っている対象に事実を宣告する。


「君は私に対し、君自身の有用性を何一つ示せなかった。その癖言う事は言い訳ばかり。私はそれでも君に対し温情ある措置を取る事にしよう。矯正労働収容所行きだ。


 矯正労働収容所で作業に励みながら君の足りないところを勉強し直して貰おう。なお矯正にも金はかかっている。この国の正規の住民で君よりよっぽど有用な者から集めている税金がな。


 だから税金の無駄遣いにならないよう、せっせと矯正労働に励むといい。なお必死に君が働いても君にかかっている税金程稼げる訳じゃ無い。でも私は君に真面目に働くよう勧告する。何せ収容に税金がかかり過ぎるとの批判があれば君達を処分しなければならない可能性もあるからな。


 君達は異世界からの不法入国者だ。身分を保障する国も後ろ盾になってくれる国も存在しない。人権というが異世界からの不法入国者は同じ人間かどうかも未だ議論の最中であることもここで教えておこう。

 それでは審査は以上だ」


 俺の魔法と共に対象はがっくりうなだれる。

 逃走や暴れ防止のために睡眠魔法をかけたのだ。

 次に対象が目覚めるのは矯正労働収容所の房内。

 そこで対象は心を入れ替えて真面目に働いてくれるだろうか。


 多分無理だろうなと思いつつ俺は端末に審査の内容と結果を入力して送信。

 ああ、今日も無駄な時間だったな。

 そう思いつつ審査室を出る。


「主任どうでした、今回の審査は」


 事務担当のオノーダ女史が声をかけてきた。


「いつも通りさ、時間の無駄だよ」


「やっぱりですか」


 彼女は肩をすくめる。


「いつも思うけれど何で他世界からの不法入国者って、ああ自信たっぷりなんでしょうね。神に力を貰うだとか言って。

 もし神様がいるとしても他の世界の何の取り柄もないゴミより自分の世界の良く知っていて優秀で性格のいい人に能力を授けると思うのですけれどねえ」


「まったくだ」


 俺は頷いてそしてため息をつく。

 ああ今日も仕事とはいえ無駄な時間を費やしてしまった。


 こんな無為な仕事からは早く異動したい。

 これじゃそのうち俺も対象みたいにゴミになりそうだ。

 本当に。

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