Messenger.
この小説の草案を
遊士さんに頂きました。
(Twitter→)https://twitter.com/duel_friends?s=09
(カクヨム→)https://kakuyomu.jp/users/S-Django
加筆許可、修正許可、投稿許可を下さりまことに感謝しております。ありがとうございました。
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「はい、はい…。…フフッ、では、また後で…」
通話終了ボタンをタップして、私はスマートフォンをウエストポーチのポケットに優しく入れる。遠くから、人の顔の目にも見えるライトが冬の早朝の風を照らしながらやって来て、新幹線のドアがゆっくりと開きました。私は、足元に気をつけてゆっくりと乗りこみます。
中は、少し暖かいように思います。
今日はオフの日。
私は、恋人の元へ始発で向かいます。
えっ?アイドルは恋愛禁止じゃないのか、ですって?そんなことはもう古いのです。私達は愛し合っているんです。誰にも文句は言わせません。もっともファンの皆さんもメンバーのみんなも誰もそんなこと、仮に思っていたのだとしても、言いませんでしたし、言われませんでしたけど。
そんな彼とは遠距離恋愛。お互い会うためにはそれなりの時間をかけなくちゃいけない。
でも、ちっとも寂しくはありません。
願えばいつだって、そばにいますから。
…お互いそんな風に思うほどに心は近いんですが、身体は凄く遠いんですよね…。
だからなのでしょうか、会えない距離を埋めたくて、つい走りたくなってしまいます。公共交通機関…でしたっけ?それを使った方が速いのに。不思議ですよね。何百キロの旅でも苦じゃないようにも思えるんです。
ですが、今回ばかりは早く会いたい理由がどうしても一個あります。
だって、私にとっても、彼にとっても、今日は特別な日なんです。絶対に外せない大切な日。
野を越えて山を越えて、一途な愛を込めたプレゼントを手に、私は彼に、揺られ会いに行く。
*
新幹線の揺れるという感覚は無くて、しばらく心がソワソワして自分が揺れているだけでした。
大切にメッセージを抱えて、列車を降りました。
「あっ…!」
改札に向かうと、彼の姿が見えました。こちらに気づいたのか手を振っています。それに答えて、私も大きく振り返しました。周りを気にすることなど私の頭からはすっぽりと抜けていました。
「お久しぶりです!…えへへ…。」
本当に本当に、久しぶりに会ったので、改札を出た瞬間ついつい、軽くとはいえ抱き締めちゃいました。彼のにおい、ぬくもり、声…全てがここにあります。絶対忘れるハズのない…彼がここに。
「…っとと、そうでした。」
嬉しそうにしながらも慌てる彼を見て、はっと我に返りました。いけないいけない、まずはこれを渡さないと、です。抱えてしっかり持ってきたメッセージ。
「お誕生日…おめでとうございます!」
心からのおめでとうを、プレゼントと共に渡す。
そう、今日は彼の誕生日。中身は、私と色違いの手袋。オレンジ色の手袋。都会のコンクリートの隙間を突き抜けていく硬く白い寒風が、彼の少しあかい手に渡る前に、この手袋を渡しました。
パアッ!と一気に笑顔に染まる彼の顔。そこにありがとう、という一言が添えられました。それだけで、私は他にもう、何もいらないと思えるくらい嬉しい気持ちで胸がいっぱいになるんです。
「ひゃ…!?///」
不意に、彼が私を抱き締めました。プレゼントの受け取りの印のハグかな? …なんて、思ってしまったり。あったかくて、もうずっとこうしていたかったけど、流石にそうはいきません。だってここは駅の中、今さらな気もしますが、人目が多くていけません。離れた彼の頬が少し染まっています、寒さのせいだけでは無いのでしょう。きっと私もそうなんでしょうけど、ここに姿の写るような鏡が無かったことを幸運に思うばかりです。
彼の手を取って、駅を出て、普段より何故か忙しく物悲しい街中へ。予定は特に決めていません。何か一つに決めてしまうのはもったいないと思ったから。
…というのは建前。色々やりたいことが多過ぎて、一つに絞ることができなかったのが本音です、まぁもったいないと思ったのも事実といえば事実ですが。
「ここですか?いいですよ!」
彼が指差した場所は、少し古びたゲームセンター。彼は友達とよく来るそうです。私も最近はイワビーさんに連れられて行くようになりました。
太鼓を叩くゲームや、メダルを使ったゲーム、ダンスゲームと、様々なものを一緒にやりました。ダンスゲームは圧勝しました。私はアイドル、そう簡単に勝てるとは思わないことですね!
…その他は、全部負けちゃいましたけど。
イワビーさんも強いし、教えてもらおうかな。
「…あっ、あれ可愛い…!」
次のお店に行こうとした私達(厳密には私ですが)の瞳が捉えたのは、可愛いぬいぐるみが詰まったクレーンゲーム。様々な動物のぬいぐるみがあり、その中には私達ペンギンのもありました。
「…取ってくれるんですか?でも…」
私がほしいと言ったのは、少し大きめなペンギンのぬいぐるみ。あの占い師、ダチョウさんのたまごより大きいものです。正直私にはどうやったらあの細いアームでひょいひょい景品を取れるのか全然わかりません。仮に取れるとしても、試行回数に比例してお金がたくさんかかりそうです。
そんな不安なんてないのか、得意気な顔で向かっていった彼。銀色のコインを投入口へ一枚入れて、ボタンを押してアームを動かします。
一回、失敗。もう一枚追加する。
二回、失敗。また一枚追加する。
三回、失敗。更に一枚追加して……。
「えぇっ!?」
なんと成功。巧みな動作、極限の集中力でたった数回トライし、おっきなぬいぐるみを彼が取ってしまいました。正直驚きました。私がドジでこういうのが苦手なだけなのかと思ってしまう程です。
それをまた彼は得意気に差し出して、私の手の上に置きました。毛の一本一本の柔らかな感触が、ぬいぐるみを撫でる私の頬を緩ませます。
「…ありがとうございます。大切にしますね!」
お礼を言って、それをギュッと抱き締めました。
店員のお姉さんが嬉しそう笑っていました。
*
お昼ご飯は回転寿司。やっぱりお魚は美味しいですね、ついつい、いっぱい食べてしまいました。明日からまた動かないといけません。が、とりあえず今週は体重計に乗らないことにします。
その後はまた街をぶらぶら。ウィンドウ・ショッピングを楽しんだり。カラオケをしたり。少し漫画を読んだり。周りも時間も疲れも、全部忘れて二人きり。横に彼がいること以外は、なんともない事なのに、そのひとつだけ違う事象で私は嬉しく、冬の風に揺れるのでした。
夜ご飯は、お洒落なレストラン。都会の摩天楼、ガラスの向こうの人工の恒星が作り出す夜景が綺麗に見える席で、お互いに色々なことを話しました。今日のこと、お仕事のこと、友達のこと、テレビで見る私のこと………会えない日々を一個ずつ一個ずつ隙間なく埋めるように、私達はたくさんお話をしました。
*
そんな楽しい時間は、あっという間に終わってしまうもので。気づいたらもう、電車の時間は刻一刻と迫っていて、本当ならお泊まりしたかったけど、連続でお休みは残念ながら取れず、だから今回は日帰り。これに乗らないと明日のお仕事には間に合わない。彼は彼で明日のお仕事がある。無理を言って今日を開けてもらったので、これ以上の無理は言えません。
会えない時間は、タマゴを包み暖めたような遠い時間は、私達の絆を強くする。遠いからこそ、会えた時の喜びは大きなものになる。それは私も彼も分かってる。
だけど、
それでも、
「…まだ、離れたくない…。」
彼の服の裾を掴んだ私の口は、心の底から出た願いを紡ぐ。我が儘なのはちゃんと分かってる。自分勝手なのも勿論分かってるんです。
それでも、口にしてしまった。
彼に、
彼だけに、聴いてほしかったから。
私はいけない子です。
彼を困らせてしまうと分かってて、
分かっているからこそ、
こんなことを言っているのだから。
──今日は、楽しかったね。
ふと、彼が呟きました。
口元に、白い息が揺れました。
私はそれに、静かに頷きました。
──今日のこと、忘れないでね?
忘れるわけがありません。
──泣かないでよ。
…泣いてなんかいません。
──なら、笑って?
俯いた顔を上げた瞬間、
彼と私の唇が重なりました。
耳の下を風を吹き抜けて、
熱い耳を撫でていきます。
ズルい。
ズルい。
本当にずるい。
でも嬉しくて、
顔が微笑んでしまうんです。
こうして貴方の隣にいれることが、ありふれた日々を特別だと思えることが、なによりも嬉しいから。
「…あの!」
──どうしたの?
「…元気で、いてくださいね?」
──君もね。
『これからもよろしく』なんて言うのが、何故か照れて言えなくて、ついはぐらかしちゃいました。鈍感な貴方は、気づいていないみたいですけど。あるいは私が貴方を見ているあまり盲目になってしまったのか…。
改札を抜けて振り返ると、貴方は手を振っていました。だから私も、時間の許す限り手を振りました。また私は、周りの人々の事なんて忘れていました。
今日はもう、時間だけど。
きっとまた、必ず、君の元まで会いに行くから。
だから…これからも、よろしくお願いします。
心の中で呟いて、
私は向かって来た夜を切り裂く金の瞳の新幹線に乗りこんだ。さっき上から見下ろした都会の夜空が、窓の外に広がっていました。
「泣いてなんか、無いんですから。」
純粋な子へ タコ君 @takokun
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