ナンセンス




僕は心を小学生のように跳ねさせ、白い大きな箱へと歩みを進めた。

髪の毛がびちゃびちゃなのでタオルでガシガシ拭きながら、リビングを通り、地べたでぺたーんとうつ伏せでいる彼女の傍を通って大きな箱の1番下の冷凍庫を開いた。


さぁぁっ。

伸びる白い風がしゃがんだ僕の首筋を良く冷やしてくれた。口の中はよだれでいっぱいだ


冷凍食品や非常用の食材、保冷剤の山をかき分けた先、自分へのご褒美が眠っている


そう。ちょいとお高い

ツのバニラアイスだ。


だがまて…おかしい。

さっきからそのわかりやすいパッケージを探しているのだが、見つからない。もう3回は探したハズだ。

冷蔵庫にうっかりうっかりしているか?

いや無い。

野菜室か?

いやちがう。

まず、こんな所に無い。

購入したあと冷凍庫にいれたのは脳裏に焼き付いている。そう、2日前の晩だ。仕事帰りに買って帰った。



「おーい、どうしたんですか?」


おなか減ったんですか?すぐにパスタでも暖めましょうか?

そういいながら、先ほどまで地に貼り付いていた彼女がとことこ歩いてきた。

確かにアイスが無いと来てしまっては口が寂しいし、今日は酷く疲れた。明日は休みだという僕のステータスと75%の呼び出し回避確率を信じ、ふつうにふつうなミートソーススパゲティを食べることにした…。






出来上がったものが僕の前に現れるまで大体5分程であった。


せっかくだからと彼女は目の前でココアを飲んでいる。アイスのようだ。


アイス…


信じたくは無いが。

彼女の胃の中…という可能性が捨てられるワケでは無い。


やんわり聞いてみよう、違ったら違うでいい



「ねぇ、冷凍庫にアイスあったの知らない?僕食べようと思って残しておいたんだけど」


「アイス…?あっ、えっと、バニラの奴…ですか?」


おっと…


「…食べた?」


「はい…。あっあの、えと、し、知らなかったんです、まさかそういう事なんて」


「でも…さ。僕のアイスを食べたってのは事実なんだよね?楽しみにしていたのに、知らないで済まされていい気はしないよ。そもそも自分の金で買ってるんだ、いくら君でも簡単に許したくないよ。」



そこそこ強く言ってしまった気がするのだが、攻撃で頭がいっぱいで冷静に話し合う気にならなかった。


「じゃあ今度私が買ってきますよ、お互いにお金を使い合えばいい。そうでしょう?そうじゃだめです?」


「自分の為に自分のご褒美で買ったんだよ?その褒美を失う原因にご褒美をあげるって言われても嬉しいわけないじゃないか!」


彼女は机を叩いた。


「…あなたはいっつもそうやって!屁理屈ばっかりで、私の話をまるで受け入れてやくれないじゃないですか!」


「そういう君だって、自分の非を認めようとしないし、僕の心を察そうともしない!少しくらい考えてはくれよ!」


「~ッッ!バカ!あなたのバカっ!あなたとはこんな不毛な争いはしたくないのにっ!」


彼女は机の上のココアを飲みきった。

くるりとターンし、

自分の部屋へと歩いて行った。


ドスドス足音が響く中、僕はパスタを啜った

机の上にはアイスを食べるためにコンビニで貰える、あの小さな木のスプーンが置いてあった。舐めとられた痕がある。

ゴミ箱を見た。

あの特徴的な赤いパッケージがしっかり食べきられていた。…クソ、参った。


寝室に彼女は居なかった。


僕は眠りについた。

今日の眠りは浅いだろう。





___________________





「おはようございます…」



ベッドが暖かい。

体に被さっている僕の布団が、暖かい。



「昨日はごめんなさい。怒鳴っちゃって。」


背中側から声がする。

背骨が震う、暖かな吐息が筋を濡らす。


「あの…起きてますか?聴いてますか?」


彼女の疑問符が並んだ。

僕は無視した。黙った。どうしようと勝手だろう、ソレに彼女を本気で許せるくらいに僕は優しい人間じゃ無い。僕は眠いのだ。


「…ほら、やっぱり聞いてくれないんだ。私の言う事なんて。」


…悪かったよ、もう。


「そんなことないよ、ただ眠いだけ。」


「…そうですか、眠いんですね。」


そう言うと、彼女は僕の上に跨がってきた。

みると、カッターシャツ一枚の彼女がそこにはいた。僕の…だな。元僕のだ。

捨てられずに置いてあったヨレヨレのシャツを彼女が謎に気に入って寝巻きとして貸していたのだ。



「じゃあ、これで起きるんじゃないですか」


彼女は僕の上に覆い被さってきた。

そして、抱き付いてきた。

当然のように、彼女の姿に下着という概念は無かった。


なんとしても僕を折れさせようという気で居るようだ。

…ここまでされるとヘタに許せない。

負けた気になるのだ。そういう所が子供っぽいのだろう。直すつもりは無いが。

そして今ここで起ころうとしている出来事は、間違いなく子供らしくない。


仰向けに転がされた僕は、

彼女の体の重量を受け止めた。


「どこまでします?」


妖艶な表情だった。

唇が光っている。

目はヒトを化かすキツネのようだ。


「…昨日のは、悪かったよ。僕も言い過ぎだったよね。まぁ、好きな所までやって?気の済む所まで。君の好きにしてくれていいよ。大人げないのは僕の悪い所だよね。」


ニィィッ…

口角が上がるのが見えた。

ちょっと口を滑らせた気がした。

が、まぁ。


悪くないだろう。







「言いましたね?好きにしていいって。」


あぁ、今日が休みでよかった。

体は熱いのだろうけれど、脳はどうでもいいことを考えていた。


ギシッ、


ベッドが鳴いた。

ベッドの音が鳴ったあと、彼女の姿は何一つ変わって居ないのに、部屋の窓は開いていないのに、僕は涼しさを感じた。風涼しいというより生温いが。ふぅーっと吹きかけられているようだ。


どうですか?


彼女は僕をどこまで知っているのだろう。

どうだと聞かれても、

答える気にならなかった。

答えられない状況にあった。

僕の…

僕の感覚はその場その場に集中していた。

僕の感覚は、

とっくに彼女の“手”中と言うことだ。



やがて僕は、一旦の放心を迎える。

何かまだ彼女はもぞもぞとしているが、僕は急にどうでもいい事を考えた。

楽しみにしている新作ゲームのPVが公開された事を思い出した。

その場から動こうなんて考えていなかった。


僕の目に次に飛び込んで来たのは、なにも羽織っていない彼女の姿だった。

彼女は僕の一点に焦点を当て、その後、僕の一点は謎の感覚に囚われた。

押し付けるような柔らかい感覚がつづき、ようやく終わりが来たと思えば、続けざまに今度は粘液の波に囚われた。

液体の音が静かな朝の部屋に響く。粘液の波は暖かく、波が跳ね返る壁は熱いほどだ。

啜るような音が聞こえてきたと同時に、僕の感覚はまたショートした。ぷつんと何かが切れたような…そんな感じだ。


感覚が戻りきる前に、僕は既に何かに一点を包まれていた。

先ほどのものなんて、ヌルく感じてしまうほど熱い。波はより絡みつき、一回一回抜き差しが行われるたびに一点の先が壁に響き、外気の温度が冷たく感じる。


はぁぁっ…


僕の一点の感覚は、

彼女の声によって更に更に強く増す。

耳に入ってくる音

口から出てしまう音

鼻に入ってくる匂い

目に入ってくる姿

脳に響く感覚

すべてが僕の感覚を支配し、すべてが僕の感覚を包み、すべてが彼女によって起こされる


いつの間にか、彼女に僕は。

いや、既に僕は全部握られていたようだ。



ふわっ

と一瞬、脳が揺れた。

ソレと同時にくらりとそこで意識が飛んだ。



「はぁっ…はぁっ…あなたとは変に争いたくなんて…無いんです…。私、あなたの事が好きですから…。この行為も許して貰えないのでしょうか…?まぁ、もっとも。ソレは無さそうですが…ふふっ」


遠のく意識が捉えた彼女の顔は、怯んだ様子が全くない、妖艶なままの彼女の顔だった。



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