万薬の長




万薬の長は酒だと、人々は呼ぶ。


確かに一理ある。体はふわふわするし、一種のヘヴン体験は体をすべてから解き放ってくれる。


ただ、僕はお酒が苦手だ。

飲み会も殆ど行かない。

別に上司は嫌いじゃ無い。

酒が飲めない。ただそれだけ。





だが、今日僕は珍しく、

自ら進んで酒に溺れた。



それにはもちろん彼女の影響がある。


「ふぅ…美味しいです。あっごめんなさい、あなたはお酒嫌いですもんね。すみません、お酒飲みたいなんか言って…。あの、暇、ですよね?」


君の笑顔だけでもうお腹いっぱいだし、

もう君に酔ってる。


もちろん言える訳ないけれど。


「おつまみなら一緒に食べられますよね?あの、私のオススメの組み合わせです、食べてみて下さいね、遠慮なさらなくて良いですから。」



遠慮はしてないよ。と言った。

なんだか不安そうな顔をしている。

下がった眉毛がなんだか可愛い。


僕は机の上のグラスの中のお酒をゆっくり飲んだ。

酔ってないと、やってられないから。


苦い、喉にキリキリ染みていく。






しばらくして、彼女にアルコールが回ったらしい。頬を赤くほんのり染め、ニコニコおつまみ片手に僕を見る。


「あなたの顔見てると、何だか落ちつきます…でへへ///」


すべて言い終わったあと、彼女はそのまま机でそのまま寝てしまった。

その時点ですでに、缶チューハイを2本ほど一人で空けていた。



____________________









「ねぇ、大丈夫?ベッドですよ?」



ベッドに寝かせた。ゴロリと寝転がり、可愛い寝顔から寝息を出している。


「うーん、大丈夫ですよぉ~?」


駄目だ、完全に酔っている。

呂律の回っていない話し方は愛しく思えるが、こんなことでは明日の彼女が心配だ。

元々そんなに強くないのに飲むからだろう。




「う~…なんか、寝られません」


いつもよりずっとずっと軽い口調で彼女は僕に言葉を投げた。僕はキャッチ出来ずに落としてしまった。


「…無視ですか?酷いなぁもう。」



僕はとても眠い。

ジェーンさんから発生している強い酒の匂いは眠気を覚ますようであり、彼女の本来の匂いが眠気を誘う。


「ねぇねぇ、反応してくださいよ?怒りますよ!もう!」


君のふくれた顔も好きだから、怒っているのも悪くない、と思った。どうやらこんなことを考える暇はあるらしい。自分の脳味噌が不思議で堪らないけれど、甘いオレンジの光は確実に俺を眠りに誘おうとしている。



「ありゃ、寝ちゃったんですか?…ふーん、寝ちゃったんですか?寝真似?…寝息も聞こえますね、寝てますね。」


咄嗟に寝たふりをして、寝息を立ててみた。

どうやら上手く撒けた気がする。


のも束の間であった。


「ふーん!寝ちゃうんですね!私を置いて!眠い眠いって言ってた私を置いて!すやすや寝ちゃうんですね!?寝ちゃうんですね…?なら私の好きにやっちゃいましょうかね?」



大声を立てて、しばらくベッドの上でドタドタと動いたあと、彼女は僕の体に触って来た



「ずっと…一緒ですよ~?」



頬を撫で、吐息を僕にふきかける。

酒の匂いが、いつか普通なのだと錯覚してしまう程の量を。


「離しません。絶対に…///優しい、優しい、とってもかっこいい私のツガイ…。」


強く抱き付いて、締め付けて、僕の体の骨がぽきりと情けない関節の音を立てるくらいに。多分背骨だ。多分。


「…なんであなたは良い匂いがするんですか?教えてくれないと、寝ますよ…」


“起きてる… クセ に ……”




さっきまでの勢いはとうに冷えて、そこには満足げな顔で眠りにつく優しい君がいた。









______________









「わ、私が破廉恥な言葉を連呼して、お股を開いて大の字で寝た上に、あなたにセクハラ!?そ…そんな、嘘ですよね!?えっ本当?嘘ですよね!?嘘って言って下さい!笑って無くていいからぁ!」



記憶が酒で飛んだらしい。

僕を無意識下であっても誘った罪は大きい。

反省して貰おう。

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