第1話 夢の扉と少女の記憶

「あなただけが頼りなんです!!!」

 学校から帰宅し家に入ったところで見知らぬ少女が俺に向かって叫んできた。

 悠太は手で頭を押さえた後、すぐさまスマホを取り出して電話をかけた。

「もしもし、警察ですか?今家に…」

「ちょっと待ってください!通報しないで!」

 警察に通報しようとしている悠太のすぐさま止めるため少女は再び叫ぶ。

「いや、知らない人が家にいたら通報するでしょ」

「確かにそうだね。いや、確かにそうだけども

 そ、そうだ!から通報しても意味ないからやめようよ!」

 悠太は少女の言葉を聞き、通報することをやめた。

 通報することよりも少女の言葉の意味を知ることのほうが悠太には重要だった。

 そのため、悠太は警察には嘘の事情を伝えあやまってから少女を見つめ、伝えた。

「ほかの人には見えないってどういう意味だ?」

 通報されることを嫌がるのはわかるがそれを止めるためにほかの人に見ないなどと嘘をつくのだろうか?

 本来であればそのような言葉は冗談ととらえられ通報をやめるきっかけにはならない。

 しかし今回は、いや彼が少女に興味を持つ言葉としては一番適切な言葉だった。

 悠太は少女に問いかけた時点で一つの結論にたどり着いたがその言葉を口に出さず、少女の言葉を待つことにした。

 あわよくば自分の結論が間違っていてくれという期待を込めて━

「わ、私は幽霊みたいでほかの人には見えないんです。」

「やっぱり・・・」

 悠太の実家は神社で、昔から幽霊などを見て子供時代を過ごしてきた。

 だから、ほかの人には見えないという言葉から、幽霊かもしれないと思ったのだ。

 しかし、悠太は毎日幽霊を見るのが嫌になり実家を飛び出しているため、幽霊なんて嘘であってくれという願いが強かったが、その願いは叶わなかった。

「はぁー、なぜ俺なら姿が見えるってわかったんだ。

 どこからどう見ても俺は普通の高校生だろ?」

 ため息をつきながら、まだ彼女は幽霊じゃないと信じたい気持ちを混ぜて悠太は再び問いかけた。

「━この扉を通るとき、運命は再び動き出す。覚悟なきものは扉を開くべからず━、聞いたことあるよね?」

 悠太はその言葉を知らないわけがなかった。

 だって今日、夢で見た言葉だったから。

 悠太は半歩後ろに下がり冷や汗をかきながら平静を装いこう答えた。

「聞いたことないな。」

 悟られてはいけない。これ以上突っ込まれてはいけない。そして早急に俺のもとから姿を消してもらう必要があると悠太は内心考えているが、少女はそんな内心を見透かすような青い目で悠太をじっと見つめていた。

「私の記憶ならあの場にいたから知ってるはずだよ!」

 少女はそんなことあるはずないと俺を問い詰めるように顔を近づけ、上目遣いで俺の顔を除いてきた。

 二人のにらみ合いを続けるがすぐに悠太が耐え切れなくなり視線をそらす。

「聞いたことあるかと聞かれたから、聞いたことはないと答えただけで

 知っているかと聞かれたら知っていると答えるさ。

 だって俺は夢の中で張り紙に書いてあるのを見て読んだから聞いてはいないんだよ。」

 嘘は言ってない、聞かれたことを答えただけだと主張する。

 それにたいして少女は、頬を膨らませてにらみ続けていた。

「同じようなものじゃん!!驚かさないでよ!!!」

 しばし静寂な時間が過ぎたかと思えば、少女が叫んでいた。

 少女が叫びながら悠太を叩いているがその間、悠太は少女を見ることはなかった。

 悠太がじっと見つめている先には自分の体をすり抜ける少女の手だけである。

 俺は幽霊を見る・会話するなどはできるが流石に触れるということまではできない。

 そのため、少女はなんで殴れないの!と文句を言いながらも必死に叩こうとしているがすり抜ける手は少女が幽霊である何よりの証拠だと感じた。

「で、話を戻すけど確かに俺はその言葉は知っている。

 けど、夢で見ただけだぞ?現実では見たことがない。」

「当然です。だってですもん。」

 少女の言葉の意味を理解できない、いや理解したくないと悠太の本能が告げる。

 誰だってそう思うだろう。夢はしょせん夢だ、現実と結びつくことなんてない。

 正夢は夢というより未来視ととらえれば何もおかしなことはない。

 しかし、少女はなんと答えた?『夢でしかない言葉』

 その言葉が意味するのは何かに呪われたということだ。昔から幽霊や呪いといった話を聞く、体験してきた悠太だからこそでてくる発想かもしれないが、彼が絶望するには十分すぎる内容だった。

 しかし、少女はそんな悠太を見ても話し続ける━

「夢の中で扉を開いてくれる人を探してたんです。

 そしたら、ようやく扉を開いてくれた人があなただったんですよ!」

 幽霊が現実世界に干渉することをポルターガイストと呼ぶが、少女は現実世界に干渉する力はなくとも、夢の中に干渉する力はあるようだ。

 しかし、特定の夢を見せることはできないから今日まで必死に夢を見てくれてなおかつ、扉を開く人を探していたらしい。

 なんとも大変な経験をしてきた幽霊なんだろうと悠太は感じたのだった。

 だからといって少女に同情はしない。しかし、悠太の思いとは裏腹に少女は期待のまなざしを向ける。

 青少年真っ只中の悠太にとって見つめてくる少女は少し可愛く見てしまい、直視することはできないため視線をそらしながら話を続けることにした。

 このときすでに悠太の中には多少、かかわりを持ってもいいのではないかという思いが芽生え始めていたが、本人にその自覚はなかった。

「だから俺の家に現れたのか…

 けど、手伝う気はないから家に来ないでくれ。

 ほかの人が同じ夢を見るのを待つことだな。」

 そういって悠太は自分の部屋に戻ろうとするが少女は不気味な笑みを浮かべながら悠太の行く手を拒んだ。

「ふふふ、無駄なんですよ…

 扉を開けてしまった時点であなたはこれから毎日あの部屋に行く夢を見るのです‼」

「そして、あなたが夢を見る限りほかの人は同じ夢を見ない。

 この夢から解放されるためには私の探し物を見つけるしかないんですよ‼」

「それはもう夢は夢でも悪夢じゃねぇか!」

 少女の答えに、悠太は盛大にツッコミを入れた。

 その直後、とのなりの部屋から壁を叩く音が響く。

 当然である、マンションの一室で叫び声をあげたら隣の住人から苦情が来てもおかしくない。

 ではなぜ、先ほどまで少女が叫んでいても壁を叩かれることはなかったのか?

 その答えは単純だ、少女の声は悠太以外に聞こえていない。

 即ち、近隣住人の反応さえ少女が幽霊であり、語る内容に偽りがないと主張するかのように少女の言葉に対してさらに真実味を持たせることになったのだ。

 悠太はひとまずすみませんと叫び、隣の住人に謝った後、再び少女と向き合った。

 ようやくまともに自分を見てくれたことに対して少女は笑顔で答える。

「悪夢でも悪霊でも良いですよ。これから一緒に探し物をしてくれれば!」

 本当に同じ夢を見るのか半信半疑ではあったが、悪霊などが存在することは実家で暮らしていた時に嫌というほど経験している。

 それに先ほどまでのやり取りからも少女は嘘をつく人物━否、幽霊ではないと物語っているため、悠太が少女の言葉を信じるのにそれほど時間は必要としなかった。

 だったら少女に協力してみるのも一興か…

 昔、親の手伝いで除霊などしていたころを思い出しながら悠太は心の中でそう思った。

 帰宅したときはまだ空は赤く染まっていたが、少女とやり取りをしてるうちに日は完全に沈んでいた。

 一体どのくらいやり取りをしたのだろう?長いようで短い、いやとても濃いやり取りに疲れた悠太は、今日はもう休ませてくれと少女に伝え、着替えることもせずベッドに倒れこんだ。

 彼はこの後、後悔することになるともしらずにそのまま意識を枕に持っていかれたのだった。

「じゃあさっきの続きをしようね!」

 目を開くと目の前に先ほどの少女がいた。

 もちろん、昨日見た夢と同じ部屋の中で…

 改めて部屋一面を見渡す。6畳ほどの大きさの部屋で壁はすべてレンガで囲まれており、一か所木の扉があるだけでインテリアや家具といったものは一切置かれていない。

 もちろん電球などもないのになぜか部屋は明るい。まぁ夢の中だし、ご都合主義が働いてもおかしなことは何もない。悠太はそう思い、昨日張り紙が貼ってあった場所へ歩き出した。

『運命は再び動き出した。扉を開けて運命に立ち向かえ』

 部屋の作りは全く同じでも張り紙の内容は異なっていた。

 すでに運命を動き出す選択は昨日済ませているということなのだろうか。

 悠太は疑問に思いながらも、ずっとこちらを見つめてくる少女に向かってようやく話しかけた。

「さて、協力するといったものの名乗ってなかったな。

 俺は神々廻悠太、感づいてるかもしれないが霊感はある。というより強いほうだ…」

 まだ少女と現実世界で出会って数時間、その間はずっと言い合いをしていたため自己紹介などしておらず、お互いにお前などと呼んでいたが協力するにあたりちゃんと名前で呼んだほうが良いという思いが悠太にはあった。

 しかし、悠太の思いはすぐに裏切られた━

「わ、わたしは…わからない。」

 分からない?

 記憶喪失の幽霊だとでもいうのか。普通幽霊は何かの未練があり成仏できないものだ。

 未練は過去の記憶に結びついているもの、その記憶がないのに幽霊として存在している少女は今まで出会った幽霊とは大きく異なるため、悠太は興味を持ち様々な質問を行ったが、少女はすべてにおいて分からないとだけ答えた。

「探し物も分からないのか…案外お前の失った記憶がこの夢の中にあるかもな」

 半分冗談でふざけたつもりで悠太は話すが少女はその言葉に電源が走るような衝撃を受けた。

「それだよ!きっとそうなんだ!」

 目的が確実ではないにしろ、近いものが見えたことにより少女はうれしいのか悠太の手を取りぶんぶん上下に振りながら飛び跳ねていた。

 そう現実世界で叩こうとしたときはすり抜けていたのに、今では手を握っているのだ…

 そのことに気が付いた悠太はすぐに少女を問い詰めたが、原因は分からないらしい。

 だが、少女はきっと夢だから悠太も半分幽体なんだよとか意味不明な理論を持ち出していた。

 謎は増える一方だが最初の部屋から一歩も出ないでいては探し物も見つかるはずがないと思い、悠太は扉を開けて進みだすことにした。

 もちろん少女は悠太の後ろをついていくように歩く。

 ただの通路を歩くのは暇なのか、それとも今までまともに会話なんてできなかったため、会話できるのがうれしいのか分からないが常に少女が悠太に語り掛けてきた。

 歩くこと約10分━

 先ほどまで歩いていた狭い道から最初にいたころと同じ大きさの部屋にたどり着いた。

 一目でわかる最初の部屋との相違点として扉が2つあることだった。

 悠太は少女と相談して扉を選ぶつもりで少女に声をかけようとするが、少女の視線は扉ではなく側面の壁に注がれていた。

 内心、扉以外何もないのになぜ壁なんかみているんだと思いながら少女が見つめている壁を悠太も注目して観察を行った。

 すると、ほかの壁は赤茶色のレンガでできているのに対して、少女が見ているところだけ完全に茶色となっており他と比べて色が濃く見えるのだった。

 もちろんレンガだからものによっては色合いに変化がでるものだと思ったが、部屋全体をもう一度見渡すと、一点だけ除きレンガはすべて赤茶色で完全に同じ色をしていた。

 悠太はなるほどと小声でつぶやきながら色が異なるレンガへと向かったのだった。

 その様子を見て、ようやく意識が戻ってきたのか少女も悠太の後を追った。

 悠太は壁を触りながらほかに違いがないか調べようと触れたとき━

 色が異なるレンガは突如として消え去った。

 否、この状況は悠太の手がレンガをすり抜けたというほうが正しいだろう。

 なぜなら、悠太がすぐさま手を引っ込めた時には、先ほどまで消えていたはずのレンガが再び存在していたのだから。

「なぁ、俺がレンガに触れたときレンガは消えていたよな?」

 悠太は自分の手首を確認した後、少女に視線を向け疑問をぶつける。

 第3者からはどのように見えていたのか気になったこともあるが、質問した一番の理由は腕が何も見えないものに捕まれているような感触があったからだ。

「何言ってるの?私からは悠太の手がレンガをすり抜けているように見えてたよ。」

 もちろん少女はしっかりと悠太の行動を見ていた、見間違うこともない。

 レンガは存在し、悠太の手がすり抜けたように見えていたのだ。

 少女の返事に悠太はただただ自分の腕とレンガを交互に見つめることしかできないでいた。

 その様子に少女は首をかしげながらも、悠太の反応をひたすらに待っていた。

 しばらくたち、落ち着きをとりもどしたのか悠太は少女にある提案をするのだった。

 それは、自分ではなく少女にレンガの中へ手を突っ込んでもらおうという作戦だ。

 臆病者?男が女に頼むことではない?そんなことは悠太にとって関係ない。

 ここは夢の世界だといっても未知の経験は誰でも恐怖を覚える。

 それは、今まで幽霊などを見てきた悠太だってもちろん例外ではない。

 なら、とるべき最善の手は何かほかの人に任せる。彼はそう結論付けたのだ。

 少女の探し物があるかもしれない、俺では触れられないかもしれないと━その場で思いついた嘘を並べて、少女がやるべきだと提案。

 否、誘導したのだった。

 もちろん、少女は疑うことなどない。

 何も考えずにレンガへと腕を突っ込み奥にあるものを触れようとした。

 すると一瞬光がレンガの隙間から見えた。

 そう、悠太の時には発生しなかった光、思い付きで言ったことが事実になったのだ。

 もちろん、嘘を言っていた悠太はその光景をみて少女がこちらを振り向くまで驚いた表情のままだった。

「ねぇ、悠太。」

 少女は悠太のほうを振り向くと今までと違い、静かな声で名前を呼んだ。

 そのことに、背中に寒気が走った悠太は本人も気づかぬうちに一歩後ずさりをしていた。

 そんな悠太の気持ちを知ってか知らずかわからないが、少女はゆっくりと話をつづけた。

「私が探してるものなんだかわかった気がするよ。」

 突然の内容に悠太は驚き、何なんだと問いただしたい気持ちにさせたが、少女から漂う雰囲気から問いただすことができないでいた。

 そんな悠太をよそに少女は話し続ける。

「私が、探しているのはね。多分…自分の記憶。」

「さっきレンガの中に手を突っ込んだ時、何かに触れたと思ったら思い出したことがあるの。だから、探しているのは私の記憶だと思う。」

 ただただ、少女は静かに話を告げる。

 顔は少し下を向いており、表情を読み取ることはできない。

 しかし、声からそうぞうすることはできる。

 今までの明るい声ではなく、暗く静かな声、それが意味をするのは何か嫌なことでも思い出したものだろうと悠太は思った。

「記憶ね、だから名前も分からないか。探してるものが分かっただけ前進なんじゃないか?

 いや、探し物がわかるというのは大きな前進だろ。初日にしては大きな成果じゃないか。」

 少女の気持ちを少しは察して極めて明るく振る舞うような形で悠太は答えた。

「こっちの扉!だから行こ!」

 悠太の言葉に元気づけられたのか、少女は悠太の手を引いて歩き出した。

 なぜ、2つあるうちのどちらの扉が正しいのか悠太は知る由もない。

 あんな笑顔で引っ張られたら聞く必要もないな。そう悠太はひそかに思い少女とともに左側の扉を通り、手をつないだまま二人で歩き続けた。

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