光の示す道の先―③―

3月26日 午後1:26 イーストヘイスティング通りストリート


「ロック、難しい顔してどうしたの?」


 瓦礫の片付いていない路地を歩きながら、白い肩穴の開いたカットアウェイ・ショルダーキャミソールにデニムを纏ったサキが振り返る。


 ロックの頭一つ足りない背丈のサキが、中腰から彼の顔を覗き込む様子は、遊び足りなさを覚えた仔犬が、主人の顔を伺う様と重なる。


サキの一対の黒真珠の微笑みは、金髪碧眼の紅い外套を着た青年――つまり、ロック自身――のを見逃さない。


 だが、額から浮いた皺を数える興を、ロックは持ち合わせていない。下から放たれるサキの眼差しを、彼は手にした無料情報誌で押さえつけるようにして遮った。


覆い代わりの無料情報誌を下げると、そこにサキは居ない。


肩穴から伸びるキャミソールの袖に包まれた腕を、サキは大空を舞う翼の様に両腕を広げながら、久方振りの日光を浴びていた。

 

 陽光に照らされるサキの笑顔を眺めながら、


――こいつ、タチが悪くねぇか?


 そう考えるに至ったのは、二日前のコール・ハーバー。


 支離滅裂となり、色素が激しく明滅する髪を振り回すカラスマは、ロック達でも警戒する程だった。


武器が無いのは分かった。


しかし、サロメが何処にいるのか分からない。


イーストヘイスティング通りストリートから消えた”ウィッカー・マン”の把握も出来ていない。


”のは、あくまでだった。


 ”ブライトン・ロック社”社長のエリザベス、”ワールド・シェパード社”を率いるミカエラという女傑たちも、語学学校校長の変貌に緊張を走らせた。


 市警も、相当肝を冷やしたことだろう。

 

 そんな様子に、ロック達を始めとした”ウィッカー・マン”を操る者たちに、立ち向かった勇者たちは、警戒水準を最大限にしていた。


そんな彼らを差し置いて、カラスマに近づいたのが、サキ。


一言告げた後、サキは電子励起銃の引き金に指を掛け、カラスマを吹き飛ばした。


聴衆は、思わず茫然とし、大きく目と口を開けていたのを、ロックは覚えている。


 だが、リリスとサロメ、そして”ウィッカー・マン”と戦った戦士達――ロックも含め――が、には戦慄が走った。

 

ロックの目の前で、晴れの日を楽しむ子供を思わせる、無垢さを振り撒いているサキ。


恐らく、あれが年相応の姿なのだろう。


 だが、E=mc^2という膨大な熱出力の塊を撃ったが微塵も無く、むしろ、考えられない事実に、ロックは愕然としていた。


 カラスマの搬送で騒ぐコール・ハーバーで、苔色の外套のブルースは、


「年貢を納めないとな、ロック?」


 とにやけた笑顔で、大きなお世話な一言を放った。


「兄さん……サキ、何か……痺れるよ?」


「友達になれそう」


 サミュエルとその追っかけ、シャロンが嬉々としていた。


――こいつ等に、サキが気に入られたら……が幾つあっても足りねぇ……!!


「サキちゃん……意外と、芯が強いから」


ナオトの言葉に思わず、


――あの笑顔を””で、括って良いのか……と言うか、目を見て話せよ!?


ロックは叫びたかったが、一筋の汗を垂らしながら視線を逸らす、ナオトを目にした後で、それは憚られた。


ロックのやり場のない感情を察したエリザベスは、


「まぁ……その、……」


 傭兵会社と密約を結び、この金融都市のインフラを担う企業の代表にしては、が、サキと同年代の友人である女社長から紡がれた。


一言吐いた後にロックの前で、と言わんばかりの


ロックは、雇い主に倣って、全身から二日遅れの労苦を呼吸で排出すると、


「ロック、溜息を吐くと幸運が逃げちゃうよ?」


 首を傾げたサキが、ロックの前に突然現れる。


「誰が……いや、止めておく」


 ロックは、出掛かった二度目の溜息を噛み殺した。


サキはロックの苦渋の顔を知らず、変わらぬ笑顔で、瓦礫が街路樹の代わりとした路地を駆けていく。


ロックは、確かに、


『お前に罪悪感を抱かせようとする奴らによって、キャニスは。能力を持つ奴やその周囲が、お前をダシにしようとしている。それを見て見ぬ振りする奴らも。敵も味方も変わらない。だから、力を付けろ。そして、リリス含めて、そいつらもぶん殴ればいい』


と言ったが、首謀者の一人のカラスマをのは、ロックの想定外だった。


だが、今思えば、ナオトの指すサキの””は、彼女がロックに見せたグランヴィル・アイランドでの行動が、だったのかもしれない。


当然、カラスマが病院に担ぎ込まれた後、バンクーバー市警と”ワールド・シェパード社”にサキは呼ばれた。


どれだけ、”ワールド・シェパード社”の兵士の装備に、”ウィッカー・マン”の装甲が使われていても、電子励起銃の当たり所が悪ければ死んでしまう。


と、、サキは注意を受けた。


しかし、その後は、カラスマのとして、バンクーバーで表彰されることになった。


サキが、陽光を浴びながら歩く後姿を見ながら、ロックは思考に入る。

 

“ブライトン・ロック社”、ナオトの”ワールド・シェパード社”及び警察に、で、サロメ率いるホステルの企みは阻止された。


市民たちを命熱波アナーシュト・ベハ化させ、雨季を利用して”ウィッカー・マン”を活発化。


それで得た熱力による、リリスはを画策した。


 だが、しか伺えず、ロック自身の命熱波アナーシュト・ベハの奥に眠る、を知ることには至らなかった。


 不確定事項を横に置き、ロックは”A Flash Of Nano”誌を見ながら足を速める。


 “の土地開発と住民退去を目論んだ、現バンクーバー市政への糾弾の始まりを、紙面は取り上げていた。


 無料情報誌は、報道に関するものは、意外と外国の報道や健康、それに占いと豊富だが、今回はに染まっている。


無論、ロックの知己であるジェニー=オースティンが記事を独占している為、”A Flash Of Nano”誌は、異例の重版印刷に追われていた。


電脳媒体もあるが、視聴者の情報入出量の過多の為、視聴制限が掛かっている。


ロックは、同じバンクーバー出身者ので、彼女から一誌を得られた。


記事によると、アンドレ=リー市長の辞職は不可避となり、移民社会も投資目当ての富裕層と、歴史的に古くから住む移民と現地住民による衝突の予感を取り上げている。

 

 今回の事件で、利益を得ようとした”オラクル語学学校”は、営業を停止。


これまでの教育課程とそれによる資格の有効性の検証を行いながら、語学学習の継続を望む生徒は、教育機関や別の語学学校への斡旋に、同校は追われていた。


また、株主への説明会でも、厳しい追及に晒されている。


 カラスマも、校長の職を辞任した。失踪した夫の死亡について、サロメの殺害を黙認していた節があったので、殺人幇助の方向で捜査が進められている。


 バンクーバー市警も、”ワールド・シェパード社”強硬派との繋がりが明るみとなり、市警上層部も辞任することとなった。


内部改革の為、警部から市警署長に異例の昇進を果たした、ミシェル=ジョアン=レイナーズは、市民を利益共有者ステーク・ホルダーとし、”ワールド・シェパード社”のハシモト専務と”ブライトン・ロック社”のマックスウェル社長の協力を得て、一連の事件に関わった当事者の繋がり――所謂、”バンクーバー・コネクション”――の全容解明に乗り出すことを報道陣に発表した。


 その追及が、B.C.ブリティッシュ・コロンビア州政府のデヴィッド=スプリングショー内閣、はたまたカナダ政府にまで及ぶかが注目を集めている。


 ”ワールド・シェパード社”についても、夜間のバンクーバー市の警邏に反社会的勢力関係者が参加し、その中でが出来ていたことの内部告発が続いた。


その告発は、に、妊婦や精神障害を負った生活弱者も含まれていたという生々しいものだった。


社会保障は愚か、社会福祉も頼れない”社会的弱者”が、不規則な労働時間に置かれていた実情も鑑み、労働法と福祉関連の手続きを同社は急がせた。


無論、の上位構成者に、同社はに訴えることも加えている。

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