狂宴―⑦―

 目を閉じかけた時、ロックの鼻を潮の匂いが、擽り始めた。


「女の為になりふり構わなくなるの……嫌いじゃないぜ?」


 後ろから聞こえたロックの視界の一面は、曇天の灰色。


 彼は、背後に首を向けると、微かに見えた八重歯の覗くブルースの笑顔。


 更にロックは足元を見ると、青白く染まった船乗り場が広がっていた。


 両脇をブルースに抱えられ、空を飛んでいることに気付く。


 彼の苔色の外套の腰に目をやると、燐と輝く、緑の双半月。


 二振りのショーテル型命導巧ウェイル・ベオ、“ヘヴンズ・ドライヴ”の能力は、雷を操るだけではない。


電気が発生すると、が発生し、磁場も起きる。場を発生させることで、熱も空間を伝わる。やがて、空気を震わせ、音となる。


ブルースは、命導巧ウェイル・ベオから出した音を揚力とする、翼を手にしたのだ。


「テメェは社交場と戦場の区別もつかんのか? だが、助かった」


 吐き捨てながら、ロックは礼を言う。


「と、あいつらの光が何かは分かるよな?」


 ブルースの皮肉から続く指摘に、ロックは首肯した。

 

人間の熱量を強制的に命熱波アナーシュト・ベハへ変換した魂である。


青白い光は波長が短く、その分、熱量を多く伝達する。


「デュラハンで出ていた奴と同じ……命の炎だ。俺の力がそこで吸収され――そうか、レッドガーターヘビか!?」


 ロックは言いかけて、気付いた。


 ガーターヘビは、北米全域に生息する蛇である。


蛇の様な爬虫類を筆頭にした変温動物は、冷気に体力を奪われるので、冬眠する。だが、レッドガーターヘビは、その中でも一際変わった特性を持っていた。 


冬眠から明けた春に、群れの中で比率の少ない雌に、大勢の雄が押し寄せる。


生殖活動の勝者となる為に、雄は雌と同じフェロモンを出し、競争相手の体温を奪う――盗熱クレプトサーミ―を仕掛ける。


 ”フル・フロンタル”は、人間に擬態することで熱量を奪う。


光は熱変換された力を伝達する特性と、バンクェットからもが発せられていることを考えると、


「要は、あそこで力を奪われ続けながら、アイツらの人海戦術で倒される。あそこで“フル・フロンタル”がバンクェット像の周りを固めている限り、力は俺から奪われて、相手は疲れない」


 ロックの熱量は、人間のそれよりも違う。


“ウィッカー・マン”を倒しても、サロメにやられ、最終的にデュラハンの放った様ながバンクェットから放たれるだろう。


ロックは体の良い餌でしかなかった。


「少なくとも、元ネタの蛇よろしく抱き着いて、のが救いだけど」


「そういう方向に持っていけるお前の頭には……遅すぎるか」


 ブルースの人前で憚られる冗句に、ロックは溜息で返した。


 ロックは、雨で頭が冷えてきたのを感じ、


「ブルース。な戦略を除いて、どうする?」


「釘を刺してくれてありがとう……そろそろ落ちそう」


 ロックは、ブルースに揺られて、パブリック・マーケットの屋根に放り投げられた。


「単純明快。要は、固まって熱を奪う。だろ?」


 一回転させられて膝で立つロックの前に出た、ブルース。


緑の外套の腰に付けていた”ヘヴンズ・ドライヴ”を両手に持ち、両腕を突き出す。


「固まれない程、分散させれば良い。お前がバンクェットを壊し、サキを取り返す。後は、一体ずつ撃破!!」


――単純で捻りもねぇ。


 ロックの愚痴を知る由もなく、屋根から飛ぶ翡翠色の風。


 雷の威力の強さは、単純に高さに比例する。

 

 ブルースが振りかぶると、双肩に二条の雷が降り立った。


 一瞬、無音が訪れ、目を奪う程の眩い閃光が、バンクェットの右肩と首の付け根を裂く。


 避雷針と化した女神像は、雷撃と急襲した熱力の相克に揺れた。一対の落雷の衝撃が、空間を震わせ、”フル・フロンタル”の体を膨大な熱力が、駆け巡る。

 

 雷自体、反物質をも作り得る、巨大な天然の粒子加速器である。


人間の熱力を使い、疑似的に物理現象を再現する”リア・ファイル”をも凌駕する程だ。

 

 爆音と共にロックは地上に降り立った。


 すかさず、“駆け抜ける疾風ギェーム・ルー”による神経強化を行い、護拳に光を灯す。


熱が籠った刹那、右脚で路地を踏みつけた。土瀝青から得た、反作用を更に爆発させ、ロックに斥力の翼を与える。推進力も重なり、バンクェットへ右拳に包まれた護拳を軌道に乗せて、突撃。


 ロックの頭部から剣先を突き出した、”雄牛の構え”。女神の胸部に、ロックの翼剣が突き立つ。刺突の衝撃から波紋が広がり、力の振動が女神像の全体を歪めた。


頂き砕く一振りクルーン・セーイディフ


プラスチックの分子を制御し、鋼鉄並みの強度を与えるのと同様のことを、”リア・ファイル”で作られた翼剣にも行った。


 人間は、理論上、掌底に力を篭めれば300kgの荷重に耐え、混凝土ブロックも破壊できる。。


強度を増した剣の静止荷重から、破壊に必要な熱力を逆算。”ブラック・クイーン”の一振りに、算定された熱力量を込めたものを、衝撃波に変えて放つ疑似物理現象である。


頂き砕く一振りクルーン・セーイディフの刺突で刻まれた罅に、グラファイトを注入。ロックは、“ブラック・クイーン”へ更に熱力を集中させた。


 刀身から解き放たれた電気熱力の衝撃が、バンクェットの裸身を大きく揺らす。


 引き剥がされたバンクェットの欠片が、フェリー乗場に広がった。


 先程のブルースの雷で、散らされた“フル・フロンタル”に、ロックが与えたバンクェットの衝撃の奔流に足を取られる。


 足を奪われた銀灰人形たちを、苔色の残像は逃さなかった。


 ブルースの両手で紡がれる、双子の三日月。


”フル・フロンタル”の首を手始めに、肩と鎖骨、胴体を焼くと、緑の銀灰人形の手足だけを残した。

 

 昇るロックの目の前で、浮かぶ女神像の破片群。


青白い光でも一際大きな恒星が、破片群の中心で輝いていた。

 

 恒星の眩い光に慣れ、サキの顔が垣間見え始める。

 

 しかし、ロックの右拳は、彼女を包む光に届かない。


「陳腐で面白くもない攻撃ですね。少し趣向を変えた方が宜しいかと?」


「趣向を変える? それは、周りを見てから言った方が良いぜ?」


 サロメの両腕の雄羊が、ロックの拳を受け止める。


しかし、彼女の余裕に満ちた顔が、先ほどの彼の言葉の意味を捉え兼ねていた。


戸惑う彼女の前で、ロックは左に体を旋回。回転力による、右後ろ回し蹴りをサロメの括れに突き刺した。


反動で、体が少し離れると、


に、がいないってのは、酷くない?」


 緑の風が、紅い外套の戦士に吹き飛ばされたサロメの背後を捉える。ブルースの光輝く緑閃の双蛇が、よろめくサロメの肢体に食らいついた。


 雷の蛇の踊り食いは、サロメの体を蹂躙していった。


しかし、


「少なくとも、あなたのは……興味を引きませんね」


 ロックと目の前で崩れるサロメを挟む様にして飛ぶ、ブルースの背後。


緑の外套で作る翼に、雄羊の角を生やした銀色の影が這い寄る。


「祭りに、””と””の食わず嫌いがあるのって、頂けないな」


 ロックが地上に降りた時、ブルースは、自由落下運動に身を委ねていなかった。


 ブルースの背後から迫りくる、右圏の斬撃に予備動作もなく、上体を前に倒す。


彼の体が一回転した後、サロメの有角羊のしゃれこうべが、白い腕ごと落ちた。


 上半身の右側から時計回りに捻ったブルースの、”ヘヴンズ・ドライヴ”の斬撃がサロメの右肩と首にかけて食らいついたのだ。


勢いに乗って、ブルースは右脹脛を彼女の延髄に掛ける。彼の体重と重力加速度を背負ったサロメが、ロックの目の前で潰れる。


「ついでにとかって……は、分けないけどね」


 ブルースは緑の外套の裾を叩きながら言うと、


「それに、俺の背後に立った淑女は、に直ぐベッドの上」


「戦略に下ネタは要らんが、という意味じゃねぇがな」


 ロックは頭を抱えながら、周りを見渡した。


 先程の雷撃のお陰で、広場を覆っていた青白い光は弱まっている。


その分、”フル・フロンタル”の数も減っていた。


 熱力を奪っていたバンクェットも、罅を入れられ、腕を無くし、顔を残した胸部像になり果てる。青白い命の炎は、残った乳房の間に据えられた宝石の様に弱く輝いていた。


「”ウィッカー・マン”は少なくなって来たなら、の行くべきところは、サキのいるあの光」


「そのを指してるのか、聞かんからな」


 ブルースの修辞学に辟易するロックは、目の前の光景に思わず息を呑む。


 腕無しバンクェット像が、光に包まれ、美貌が流動物のように歪んだ。


 無機的で有機的な白い芋虫の様なものが、地面を高速で這いながら、女神像を包み込む。


 ロックは、先ほど、フェリー乗り場で散らばらせた、バンクェットの欠片だと気づく。


 白い芋虫が、頭部と胸部の女神を包み、一際大きな頭部を作り出した。


「白馬の王子とか……それ関係なら、ブルース。口づけはお前に任せる」


「これって……口に近づいたら結末しか無いよね!?」


 ロックの左隣で、ブルースは疑義と共に、両腕を突き出した。


 目の前の、女神像の頭部に、白灰色の流体が集まり始める。


 ロックが目を凝らすと、ブルース、サキ、キャニスと協力して破壊したバンクェット像の破片も流体となった。


大小問わず白灰色の雫の群れが、巨大なバンクェットの頭部を支える、肩と腕に変わる。


 肩部とそれぞれから延びる腕だけの女神は、青白く輝く両掌で大地を、ロックとブルースに向け、前のめりに這い出した。


 彼らの身長ほどある、女神バンクェットの右掌が天を覆う。掌の影と共に勢いよく、ロックの頭上に振り下ろされた。


 ロックは右に半身を引きつつ、背後へ跳躍。”ブラック・クイーン”の護拳からイニュエンドを取り出し、バンクェットの頭部を狙った。

 

雷鳴の角笛アヤーク・ジャラナッフによる、ナノ加工弾を二発放つ。女神像の右肩と右目を抉る。

 

 女神像の拳歩は、ロックの銃弾を受けても這いずりながら、白灰色から、白銀色を撒き散らした。撒き散らされた白銀色の雫が、手足を作り出す。白銀色の群れに、ブルースは、両腕で突き出した”ヘヴンズ・ドライヴ”の鍔から銃弾を散らせた。


 流れる銃弾に、”フル・フロンタル”の群れのそれぞれの頭部、肩に脚部が遮られる。しかし、動きを遅く出来ても、歩行を止められなかった。

 

 這う女神像の右肩に佇む銀灰人形。扁桃の頭部と扁桃の一対。それが、他の銀灰人形の肉を得ながら、サロメを作る。


「普通、寝技で女性を足蹴にするというのは、女好きが聞いて呆れますね……ブルース=バルト?」


「少なくとも、とは言うには抵抗があるね。サン=テグジュベリでも読めば?」


 ブルースに向けて、サロメは有角羊の形をした護拳から銃弾を放つ。


 これが、合図だった。


 ロックはイニュエンドに弾丸を装填。ブラック・クイーンを抱え、走り出す。


 確かに”フル・フロンタル”は、減る気配はない。


 しかし、一際大きな女神バンクェット像の中に、他の女神像の残骸、”フル・フロンタル”を吸収するほど、が存在する。


 女神像の中にある、


 彼女を囲む、バンクェット像を壊すしかない。


 銀灰色の扁桃人形の青白い指先が、凶刃となる。しかし、ロックは右肩に降りかかる銀灰色の手刀を外套の上腕二頭筋を覆う革帯で受け止めた。

 

 若干、熱が彼の右肩を焼く。


 焦げた臭いを吸いつつ、ロックは背後を向けイニュエンドをブラック・クイーンの護拳に入れた。


 上腕二頭筋を狙った”フル・フロンタル”の胸部に、彼は右肩を押し込む。

 

逆手に構えた右手のブラック・クイーンの幅広の剣を右腕で、”フル・フロンタル”を突き上げた。


翼剣に貫かれ、固定された銀灰人形を盾にしながら、ロックは前進。


 二体目と三体目を押しのけ、加速を加えた。


 群れをかき分けるロックに、サロメは、左手の圏に付いた銃で狙う。しかし、”フル・フロンタル”の体を盾にしているため、銃弾がロックまで通らない。


 ロックの持つ”ウィッカー・マン”の盾が、サロメに到達。彼女の胴体を押しつぶした時、ロックは護拳から銃を取り出した。


 ブラック・クイーンの刃は消え、扁桃の人形の背中に体を押されたサロメが、潰された肺から吐息を漏らす。それを合図に、取り出した拳銃、“イニュエンド”で“フル・フロンタル”の肥大化した頭を打ち抜いた。


供物を味わう舌チェンガ・ラサール”のサーモバリック爆弾は、別名、酸素食いとも言われる。


動力炉の熱力を含む酸素を、三発の銃弾が貪り、扁桃の体を燃え上がる盾にした。サロメの体にも延焼し、彼女の肺も、酸素食いの炎を吸い込んでしまう。


 象牙色の目と、整った鼻、耳や肢体の内から、炎が吐き出された。


 ロックが盾にした”フル・フロンタル”も灰燼となり、消える。

 

 燃えていないサロメの腹部を、ロックは右肩で突き上げた。彼は護拳に銃を戻し、翼剣”ブラック・クイーン”に変える。


 剣先を下に据える”愚者の構え”で、彼の左袈裟から、大きく振り上げた。


 黒い刀身を囲む紅い刃、そこから赤黒い紫電が迸る。


刀の軌跡に沿って、静止荷重を逆算して作った刃波が、衝撃の熱力量と振り回した運動の熱力量の合算による爆轟となった。


 ブラック・クイーンの頂き砕く一振りクルーン・セーイディフで、翼剣内の分子の電子配列を変える。


分子構造の強度を地球上で一番硬い、物体で作られた剣から生じ得る熱量を、サキを包む巨大バンクェットの額に叩きこんだ。


 サキを囲む光の熱量と、剣の熱量が激突。


 物体同士の衝突は、衝撃と熱を生む。


ロックは迷える者の怒髪ブイル・アブァラの噴進火炎の刃で、罅割れたバンクェットの両眼を横薙ぎに焼き切った。


 剣の軌跡で彩られた炎は、”フル・フロンタル”の群れとサロメも覆う。一振りから生まれた熱風が、大きな頭部を肩部で支える巨大バンクェットと、サキを包む光も捻じ曲げた。


 ロックの物理熱量、電気熱量に化学熱量の三重奏が、白墨色の女神像を一瞬で瓦礫に変える。


 周囲の”フル・フロンタル”も、ロックの攻撃の誘爆に消えていった。

 

――サキは!?


 ロックは、疑似物理現象で消えようとする光の中で、手を伸ばそうとする。


 ロックの前方は、光の奔流に阻まれ、サキに届かない。


 それどころか、彼女との間に生まれた、斥力の波に突き飛ばされた。


 曇天の空を、空中で背中から一回転しながら、ロックは大地に降り立つ。

 

 恒星の爆発は収束して、眩い光は引いていった。


 しかし、ロックは目を疑った。


 ”フル・フロンタル”とバンクェットも無くなり、破壊を逃れた店舗が生々しく残る、グランヴィル・アイランド。


 光が去って立つ――少女。それは、ブレザーの制服に包まれたサキに他ならない。


 彼女が無事だったことへの安堵はあるが、驚愕する理由までロックは持ちえない筈だった。


 心の中で出るべきでない驚愕が、胸に去来した理由。


 彼女を挟む様にして立つ、二つの人型の光を見てしまったが為のものだった。

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