雨降る街の枯れた涙―⑥―
「この光は……」
それが、青白い爆発を放つと、巨人の胴に青白い光の筋が集まり始めた。
サキがそれを見たのは、二度である。
“ウィッカー・マン”が、人を殺す時に放たれた時。
ロック達が、”ウィッカー・マン”を倒した時に出た、二度目。
その光が、街中の”ウィッカー・マン”の残骸から尾を引かせながら、甲冑の巨人に向かった。
「デュラハンの胴体に集まっている……?」
それが集まりながら、甲冑の裂け目を輝かせ、全身を包み始める。
「ちょっと待って……!!」
「こんなところで、始めるつもりか!?」
キャニスとブルースは、交互に狼狽を吐く。
青白い光は、甲冑の中で、一際大きく輝いていた。
――恒星と違う……この光は?
サキは、疑問の答えを見つけられなかった。
戸惑う彼女の横を、五筋の光が突き抜ける。
それらは、デュラハンの腹の部分に集中していた。
五人の”ワールド・シェパード社”の隊員たちが、サキの横を通り抜けた。彼らは、電子励起銃を撃ちながら、首なし巨人との距離を縮めていく。
彼らの犬耳兜の特殊樹脂面が覆う顔から、ロック、ブルースとキャニスへの侮蔑の視線が垣間見えた。
――もしかして、弱点と思っている!?
サキの視線は、青白い光に目を奪われている。
「ナオト、アイツ等を離れさせろ!!」
サキの考える最悪の結末を共有した、ロックは蒼白な顔で叫ぶ。
しかし、サキの上官は、前進した5人を除いて、後続の隊員の一歩を踏み止まらせるに留まった。
巨人の周囲を、青白い光が覆い始める。
サキの前にロックが現れ、彼女を背中で覆った。
彼から突き出された護拳から、見えたのは一際目を焼くような輝き。
無慈悲な青白い光の爆発が、五人を包んだ。
弾けた光に覆われた五人は、それぞれ二つに分かれる。
片割れが消失。残りは、瓦礫の壁に影を縫い付けられた。
人影を縫い付けられた壁は、血か涙のように滲んでいる。
その中で、両腕を上げるデュラハン。
それが、歓喜なのか憤怒なのか。その意味を知るものはいなかった。
サキは愚か、ロックたちも。
彼女たちの思惑を他所に、電流が発生し、”デュラハン”に集まっていく。
見ると、胴体の中に光は、電流の蛇の塊となった。
ロックたちに付けられた傷に染まった全身に広がり、前から存在しなかったかのように
「球電現象からの高エネルギー放射による燃焼……いや、滅却といったところか?」
「ご丁寧に高エネルギーを、”ウィッカー・マン”から吸収。発散した時のエネルギーで、体を治して、影しか残さない。相変わらず、無駄がないわね」
ブルースの嘆息、キャニスの皮肉交じりの評価。
ロックは、二人の評論に加わらなかった。
翼剣の護拳から自動装填式の拳銃を取り出し、外套の懐からの予備弾丸を装填。
ロックは翼剣の開いた穴に拳銃を再度入れ、左腕で守る様に駆ける。
護拳から溢れだした一際輝く光が、デュラハンの胴体の前で爆ぜた。
光から放たれた爆熱で、棺の巨人が揺れる。
しかし、首なし騎士は、よろめきながらもロックに、左腕の棺を突き出して反撃。
ロックは護拳付きの翼剣を振りかざした衝撃による反作用で、デュラハンの間合いから離れた。
「力を取り戻してきている。来るぞ!」
吹き飛ばされたロックが、サキの横で叫ぶ。
彼は、こめかみから汗を滲ませ、口の端を吊り上げていた。
微かに見える刺々しい八重歯から、ロックの漏らした荒々しい息をサキは見逃さない。吊り上がったロックの眼が、ブルースとキャニスの戦いを映していた。
ブルースが、棺の右腕から外へ向けた一薙ぎを受け取る。
双剣の剣士を吹き飛ばして空いた胴に、トンファーの杭を放たんとするキャニス。
しかし、地団太を踏みながら、右腕を振り戻した棺の首なし巨人に、彼女は踏み込めない。
ロックの息が更に荒くなるのを見て、サキは気づいた。
「ロックさん……もしかして――」
「黙れ。ナオト、その馬鹿をすぐに離れさせろ!!」
ロックの顔は、深紅の外套の戦士としての顔に戻ると、消える。
入れ違いに、サキの隣にはブルースが立っていた。
「良い奴だけど、素直じゃないのが玉に瑕なんだよね」
サキの隣で話すブルースは笑顔である。
口調は、世間話の様だった。
しかし、ロックと同様、途切れざまに吐息を漏らしていたので、彼女の中の不安の芽が苗を伸ばしていく。
「サキちゃん、離れよう」
銀色の甲冑の日本人――ナオトに促されて、我に返った。
離れようとしたが、ブルースの双剣から放たれた双子の雷鞭に、彼女は見入っている。
周囲を切り裂かんと放たれた稲光は、”首なし騎士”を貫かない。
だが、鎧を弾き飛ばした衝撃で、“デュラハン”は後ろへ一歩下がった。
「一度で倒そうとは思っていないぜ。キャニス!!」
“デュラハン”の懐に入り込んだキャニスは、左トンファーの杭を射出。
歩を止めた巨体が振動し、それをさらに揺らさんとするトンファーの乱打を放った。
乱打による振動と衝撃が繰り返されると、巨人の脚が地表から微かに浮揚する。
「そろそろ寝やがれ、脳無し!!」
ロックは、首なし巨人の背後を取っていた。
彼の翼の刃は、右肩から背中に振り上げられている。限界まで振り上げた刀身に、紫電が微かに帯びた。
「行くよ、ロック!!」
キャニスは乱打の最後に、トンファーの杭が灼熱に染める。
彼女の赤銅色の一擲が、デュラハンの腹にめり込んだ。
折れて、突き出た巨体の背中に、ロックの剣の一振りが炸裂。
二つの強力な力に挟まれた爆風が、サキを襲った。
すると、鎧が盛大に砕ける音が辺りに響く。
ロックとキャニスの挟撃に、巨人は膝をつかされた。
しかし、”ウィッカー・マン”からの青白い光が、ロックとキャニスの追撃を阻む。
「また、再生過程に! こんなに、放てるものか!?」
ブルースはサキの隣で、叫ぶ。
「そもそも、なんでこんなに吸収が速いのよ!」
雨空の中、青白の光の前で、キャニスは、両腕のトンファーで顔を伏せた。
雨粒が当たり、彼女の周囲を蒸気が覆っている。
「すぐにエネルギーを得ないといけない――その分、動くために、絶え間ない補給が必要ということか。ブルース、キャニス……時間を掛けずに、強力なエネルギーで攻撃だ!!」
ロックは、推理と共に護拳に付いた盾から拳銃を取り出す。
拳銃から噴き出したのは、銃弾ではなくただの射出音だった。
刹那、膝立ちのデュラハンの胴体から炎が噴き出す。火竜の舌というより、火竜そのものが巨人から生まれ出んばかりの勢いで燃え上がった。
「”チェンガ・ラサール”か……えげつねぇ」
ブルースがその一言と同時に、二刀を振りかざす。
電気の蛇が軌跡に生まれ、業火の射出口を狙い撃った。
業火の蔦と周囲の粒子を励起させた電位の棘が、デュラハンに絡みつく。
そこに、キャニスがトンファーを突き立て、炎華を咲かせた。
しかし、デュラハンの右腕の棺が、キャニスに迫る。
棺の右腕が青白い燐光が、既に白い閃光に変わっていた。
――あれを撃つつもり!?
サキは、電子励起銃で“棺の巨人の右腕”を狙う。
彼女から、解き放たれた光は五発。
二発はキャニスから逸らす為に。巨人の右腕を右側にずらそうと、三発目から五発目を続けて連射した。
「全員、下がれ! 僕たちでは戦えない!!」
犬耳の隊員たちへ、ナオトは号令を掛ける。
隊長の声に従おうとした隊員たちは、一歩を踏み出せなかった。
サキの銃撃で、デュラハンの棺から放たれる死の光が、大きく逸れる。
だが、解き放たれた音のない、光の咆哮に、サキ一同は目を奪われていた。
太陽のような輝きと鬱屈な青白さの同居した光が、商店とビル街の一角を抉る。
破壊で解き放たれた熱出力が、光となり黄昏時の空を一瞬だけ青色に染め上げた。
光に運ばれた熱気が、周囲の体感温度を上昇させる。
しかし、サキを含めた隊員たちの内部体温はそれに反比例し、下がっていった。
「サキ、テメェなんで逃げなかった?」
背後からのぶっきらぼうな声にサキが振り向くと、赤と黒の剣が目の前に現れる。
ロックという紅い外套の青年が、サキの前に翼の剣を突きつけていた。
「テメェ……逃げないと、棺桶の中で死ぬんじゃなくて、アイツの棺桶によって跡形もなく火葬されて死ぬ。”クァトロ”や”ガンビー”とは全く違う……わかってんのか!?」
ロックの恫喝が、死に満ちた言い回しなのは、それが確実に命を落としかねないことの表れなのだろう。
サキの近未来が、人の人生としては、余りにも唐突に終止符が打たれる。更に言うと、「死を受け入れる」というには、理解の範疇が超えていることも。
彼の口調は、そう断言している様だった、
しかし、サキは恐れを見せない。
「ロックさん、私が弱点を撃ちます。だから、そこに向けて攻撃を撃ち込んでください!」
ロックの刃を背に振り切り、電子励起銃を構える。
彼女は矢継ぎ早に言って、デュラハンの”恒星”の中心に連射した。
「人の話を聞けよ!」
ロックが恫喝と共に放った、右手がサキの右肩に食い込む。青年の五指から伝わる力が、彼女の右肩から右上腕二頭筋を締め付けた。
ロックの与える痛みが、彼女の言葉を奪おうとするが、
「聞いてます。でも、私は……逃げません――!!」
サキは、彼の右手を振り払う。
痛みを感じながらも、立ち上がりつつある巨人に向けて撃ち続けた。
ロックは口頭でなく、痛みを以てサキに死の感触を教え、遠ざけようとしているのかもしれない。
しかし、ロックに与えられた痛みは、彼の望む行動とは別の方向へ、彼女を動かす。
――この痛みなんて、比べ物にならない。
これまで、自分たちを助けてくれた人の痛みは自分の比ではないだろう。
あの事件で、支えてくれた人たちの背負った痛みは、ロックによって肩をひしめかされた程度では、済まない。
「”ウィッカー・マン”は倒せない。でも、立ち向かわない理由にはなりません!」
サキは、ロックに向け、
「それに、エネルギーが必要なら、そこを私たちも叩けると思います」
電子励起銃の銃身を軽くたたいて、言った。
ブルースとキャニスは、ロックに向けられた言葉の意味が、分からず、顔を見合わせる。
ナオトがサキの言葉に気付いたように、
「サキちゃ――いや、カワカミさんの話が正しいとすると、エネルギーを吸収する”何か”がある。それがデュラハンの弱点ということ?」
ナオトの意見に、サキは首肯した。
「恐らく、あのデュラハンは目覚めたばかりです。だから、エネルギーの吸収と放出の間隔が早いのだと思います。その分、活動時間はそれほど、長くない筈です。それに、回復量を上回る損傷を与えて、オーバーヒートも狙えます」
サキの返答を隣で見ているロックの顔は、渋さを増させる。
ブルースがそれを見て、
「お前を分かっているじゃないの?」
優男は苔色の外套の右腕で、ロックの左肩を小突いた。
赤い外套の戦士は、その倍の力を込め、時計回りの右肘鉄で返そうとするが、
「ストップ……隊長さん、皆を集めて。サキちゃんの示す場所を皆で、集中攻撃して」
キャニスが、ロックとブルースの間に割り込み、二人の距離を離した。
ナオトは、サキから離れて、扇状に集まる犬耳の戦士の集団に伝える。
ブルースに向かって、
「ブルースは、ロックとキャニスと共に、接近戦を頼む。僕たちは……」
「物陰で隠れながら攻撃しろ。そして、攻撃が激しくなったと感じたら逃げろ」
ロックが、ナオトを背にして言う。そして、
「サキ、これが最後だ。聞かなかったら、逃がす……生死問わず、人の形のまま、な」
サキは、ロックの顔を知る由は無かった。
存外な言い回しだが、彼女は、不思議とロックから頼もしさを感じる。
サキの横にいたナオトは、前線にいるロックたちと残りの”ワールド・シェパード社”の隊員たちを背後――つまり、中間地点にいた。
「しかし、僕も隊長をやらせていただいている。君や隊員たちの活路は切り開かせてもらう!!」
ナオトがそう言うと、ロック、キャニスにブルースの三人が消える。
短剣三本が、銀騎士の右腕から放たれると、軌道が逸れることなく、
“首なし騎士”が、攻撃を仕掛けた隊長に体を向けた。
巨体の胴が、青白く染まり始める。右腕に運ばれた青白い死の光が、ナオトを覆いかけた。
しかし、赤い突風が銀騎士の前に現れる。
ロックは、紅い外套を炎の様になびかせ、青白い燐光を放つ棺の右腕に飛び掛かった。
黒交じりの紅い斬撃で、棺を突き上げる。がら空きとなった胴体に、橙の牙と緑の雷蛇が突き刺さった。
ブルースとキャニスの斬撃と刺突が、青白く光る巨人の胴体に食らいつく。
二人の攻撃に、首なし騎士は、胴体から青白い光の奔流をまき散らした。
熱力吸収を中断されて、首なし巨人はブルースとキャニスに両腕で応戦する。
だが、大きな両腕を振り回すが、二人を掴めない。
巨人の腹が割れ、恒星が顔を出す。
「みんな、腹部を攻撃して。あの攻撃が来るわ!!」
サキが叫ぶと、白い銃口から極光が放たれた。
一糸乱れない光の束が、路地からだけでなく、車の影や商店の窓からも放たれる。
いずれも発射場所が違うが、狙う場所は一つだった。
その一条を担うサキは、ロックと目が合う。
ロックは、何も言わず視線をデュラハンに向けた。彼は、音もなく首なし騎士の腹部に向け、一陣の爆風となる。
サキは銃撃を止める様に、手で合図を送った。
すると、金属の撃ち合う音と爆発音がサキに聞こえた。
サキたちの撃ち込んだ箇所に、ロックは一合、二合と斬撃を加えていく。
間もなく、デュラハンの”恒星”が輝きを取り戻しかけたところで、ロックの剣の赤と黒の光閃がぶつかった。
音もない爆発と、衝撃の奔流がロックの体を揺らす。
苦悶が彼の体を駆けるが、口を歪ませながら放ったロックの一振りが、反作用に競り勝った。
ロックの斬撃で押し出した熱出力が、デュラハンからの電流の奔流を弾けさせる。
サキと周囲の目を覆わんとする新星爆発の様な眩い光が路上から広がり、巨人が立ち竦んだ。
彼女の目の前で巨人は体幹を揺らして、脚を崩す。
右膝だけが、土瀝青の大地に立つ鎧の巨体を支えた。
「光が…消えた」
サキが呟くと、周囲に騒めきが広がる。
前は悲観、今回は安穏の色に染まっていた。
「総員、落ち着いて対処。センサーで確認を怠らないように」
ナオトは、長髪を振りまきながら”ワールド・シェパード社”の隊員に命令を下す。
サキも他の隊員に倣って、兜のセンサーの調整に入るが、手が止まった。
ロックの凝視した視線の先にあるデュラハン。
その胴体の甲冑が割れる。
縦に出来た割れ目から、微かな青白い光を放ちながら、蒸気が噴き出た。
ブルースとキャニスが、一足先に飛び込んだ。
二人が両腕を伸ばし、”首なし巨人”から引きずり出したのは、一人の男。
短髪に刈り上げた偉丈夫で、まるで彫刻芸術の様な肉体をしている。屈強な肉体が、砂漠の灰褐色の鱗の様な鎧に覆われていた。
ブルースがナオトに口を開くと、”ワールド・シェパード社”の隊員たちが駆け付ける。
ナオトは、隊員たちと会話を交わし、ブルースと共に男を運び出す準備に入った。
茫然としていて、サキは会話の内容が耳に入らなかった。
それは、
「アンティパス……?」
先ほどロックの口から出た言葉の意味を図り兼ね、サキは思わず好奇の視線を向ける。
だが、彼女は次の句を告げられなかった。
彼女の視線に、デュラハンから出た男を見送り、佇むロック。彼の眼から溢れる一筋の雫。
彼の目元に見た雨のそれとは違うもの――涙だった。
ロックの姿に、サキの中で鼓動が走る。
鼓動と共に、サキの頭に映像が流れた。
鉢金の男が、血に倒れた男と少女に向け、涙を流している。
それが、彼女に向けられたものか。
それとも、自分の無力に向けたものなのか。
その涙の意味を考えていたから。
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