雨降る街の枯れた涙―⑦―

 “首なし騎士デュラハン”の胴に灯った青白い光。


 それが、青白い爆発を放つと、巨人の胴に青白い光の筋が集まり始めた。


 サキがそれを見たのは、二度である。


 ”ウィッカー・マン”が、人を殺す時に放たれた時。


 ロック達が、”ウィッカー・マン”を倒した時に出た、二度目。


 その光が、街中の”ウィッカー・マン”の残骸ざんがいから尾を引かせながら、甲冑の巨人に向かった。


「デュラハンの胴体に集まっている……?」


 それが集まりながら、甲冑の裂け目を輝かせ、全身を包み始める。


「ちょっと待って……!!」


「こんなところで、始めるつもりか!?」


 キャニスとブルースは、交互に狼狽する。


 青白い光は、甲冑の中で、一際大きく輝いていた。


 ――恒星と違う……この光は?


 サキは、疑問の答えを見つけられなかった。


 戸惑う彼女の横を、五筋の光が突き抜ける。


 それらは、デュラハンの腹の部分に集中していた。


 五人の”ワールド・シェパード社”の隊員たちが、サキの横を通り抜けた。


 彼らは、電子励起れいき銃を撃ちながら、首なし巨人との距離を縮めていく。


 彼らの犬耳かぶとの特殊樹脂面が覆う顔から、ロック、ブルースとキャニスへの侮蔑の視線が垣間見えた。


――もしかして、と思っている!?


 サキの視線は、青白い光に目を奪われている。


「ナオト、アイツ等を離れさせろ!!」


 サキの考えるを共有し、ロックが蒼白な顔で叫んだ。


 しかし、サキの上官は前進した五人を除いて、後続の隊員の一歩を踏み止まらせるに留まる。


 巨人の周囲を、青白い光が覆い始めた。


 サキの前にロックが現れ、彼女を背中で覆った。


 彼から突き出された籠状護拳バスケットヒルトから、見えたのは一際目を焼くような輝き。


 無慈悲な青白い光の爆発が、五人を包んだ。


 弾けた光に覆われた五人は、それぞれ分かれる。


 片割れが消失。残りは、瓦礫がれきの壁に影を縫い付けられた。


 人影を縫い付けられた壁は、血か涙のように滲んでいる。


 その中で、両腕を上げるデュラハン。


 それが、歓喜なのか憤怒なのか。その意味を知るものはいなかった。


 サキは愚か、ロックたちも。


 彼女たちの思惑を他所に、電流が発生し、“デュラハン“に集まっていく。


 見ると、胴体の中に光は、電流の蛇の塊となった。


 ロックたちに付けられた傷に染まった全身に広がり、前から存在しなかったかのように”首なし騎士デュラハン”に刻まれたひびが閉じていく。


「球電現象からの高エネルギー放射による燃焼……いや、といったところか?」


「ご丁寧に高エネルギーを、”ウィッカー・マン”から吸収。発散した時のエネルギーで、体を治して、影しか残さない。相変わらず、無駄がないわね」


 ブルースの嘆息、キャニスの皮肉交じりの評価。


 ロックは、二人の評論に加わらなかった。


 翼剣の籠状護拳バスケットヒルトから半自動装填セミオートマチック式の拳銃を取り出し、外套コートの懐からの予備弾丸を装填。


 ロックは翼剣の開いた穴に拳銃を再度入れ、左腕で守る様に駆ける。


 籠状護拳バスケットヒルトから溢れだした一際輝く光が、デュラハンの胴体の前で爆ぜた。


 光から放たれた爆熱で、棺の巨人が揺れる。


 しかし、首なし騎士は、よろめきながらもロックに、左腕の棺を突き出して反撃。


 ロックは籠状護拳バスケットヒルト付きの翼剣で防いだことによる反作用で、デュラハンの間合いから離れた。


「力を取り戻してきている。来るぞ!」


 吹き飛ばされたロックが、サキの横で叫ぶ。


 彼は、こめかみから汗を滲ませ、口の端を吊り上げていた。


 微かに見える刺々しい八重歯から、ロックの漏らした荒々しい息をサキは見逃さない。


 吊り上がったロックの眼が、ブルースとキャニスの戦いを映していた。


 ブルースが、棺の右腕から外へ向けた一薙ぎを受け取る。


 双剣の剣士を吹き飛ばして空いた胴に、トンファーの杭を放たんとするキャニス。


 しかし、地団太を踏みながら、右腕を振り戻した棺の首なし巨人に、彼女は踏み込めない。


 ロックの息が更に荒くなるのを見て、サキは気づいた。


「ロックさん……もしかして――」


「黙れ。ナオト、その馬鹿をすぐに離れさせろ!!」


 ロックの顔は、深紅の外套コートの戦士としての顔に戻ると、消える。


 入れ違いに、サキの隣にはブルースが立っていた。


「良い奴だけど、素直じゃないのが玉にきずなんだよね」


 サキの隣で話すブルースは笑顔である。


 口調は、世間話の様だった。


 しかし、ロックと同様、途切れざまに吐息を漏らしていたので、彼女の中の不安の芽が苗を伸ばしていく。


「サキちゃん、離れよう」


 銀色の甲冑の日本人――ナオトに促されて、我に返った。


 離れようとしたが、ブルースの双剣から放たれた双子の雷鞭らいべんに、彼女は見入っている。


 周囲を切り裂かんと放たれた稲光は、“首なし騎士“を貫かない。


 だが、鎧を弾き飛ばした衝撃で、“デュラハン“は後ろへ一歩下がった。


「一度で倒そうとは思っていないぜ。キャニス!!」


 “デュラハン“の懐に入り込んだキャニスは、左トンファーの杭を射出。


 歩を止めた巨体が振動し、それをさらに揺らさんとするトンファーの乱打を放った。


 乱打による振動と衝撃が繰り返されると、巨人の脚が地表から微かに浮揚ふようする。


「そろそろ寝やがれ、脳無し!!」


 ロックは、首なし巨人の背後を取っていた。


 彼の翼の刃は、右肩から背中に振り上げられている。限界まで振り上げた刀身に、紫電が微かに帯びた。


「行くよ、ロック!!」


 キャニスは乱打の最後に、トンファーの杭が|灼熱《しゃくねつ)に染まる。


 彼女の赤銅色の|一擲《いってき)が、デュラハンの腹にめり込んだ。


 折れて、突き出た巨体の背中に、ロックの剣の一振りが炸裂。


 二つの強力な力に挟まれた爆風が、サキを襲った。


 すると、鎧が盛大に砕ける音が辺りに響く。


 ロックとキャニスの挟撃に、巨人は膝をつかされた。


 しかし、”ウィッカー・マン”からの青白い光が、ロックとキャニスの追撃を阻む。


「また、再生過程に! こんなに、放てるものか!?」


 ブルースはサキの隣で、叫ぶ。


「そもそも、なんでこんなに吸収が速いのよ!」


 雨空の中、青白の光の前で、キャニスは、両腕のトンファーで顔を伏せた。


 雨粒が当たり、彼女の周囲を蒸気が覆っている。


「すぐにエネルギーを得ないといけない――その分、動くために、絶え間ない補給が必要ということか。ブルース、キャニス……時間を掛けずに、強力な攻撃で黙らせるぞ!!」


 ロックは、推理と共に籠状護拳バスケットヒルトに付いた盾から拳銃を取り出す。


 拳銃から噴き出したのは、銃弾ではなくただの射出音だった。


 刹那、膝立ちのデュラハンの胴体から炎が噴き出す。


 火竜の舌というより、火竜そのものが巨人から生まれんばかりの勢いで燃え上がった。


「“チェンガ・ラサール“か……えげつねぇ」


 ブルースがその一言と同時に、二刀を振りかざす。


 電気の蛇が軌跡に生まれ、業火の射出口を狙い撃った。


 業火のつたと周囲の粒子を励起れいきさせた電位のとげが、デュラハンに絡みつく。


 そこに、キャニスがトンファーを突き立て、を咲かせた。


 しかし、デュラハンの右腕の棺が、キャニスに迫る。

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