雨降る街の枯れた涙―⑤―
「全員、構え!」
ナオトの号令で、サキの後ろにいる隊員たちが、恐怖感を振り払うように電子
彼がもう一声上げると、一条の光が突き抜ける。
雨粒の軌跡と
路地の水溜りに広がる波紋も照らし、光が空間を揺らす。
それを皮切りに、
閃光の軌跡から、衝撃音が所々から轟き始める。
数日前に終わった冬時間の
その光を標識灯に見立て、黒い犬頭を模した
まるで、表計算表の様に整理された区画の行から列へ浸透していく。
光の担い手の中に、河上サキも加わった。
彼女は、白と黒に彩られた長方形を携え、狙いを定める。
犬耳
それに包まれる、“クァトロ“と“ガンビー“の輪郭が波の様に浮かぶ。
そのうねりに、光が
だが、異形は歩みを止めない。
頭部や間接に衝撃が伝わるが、一瞬、全身をその場に留めさせるだけ。
その姿を見て、サキは目を疑った。
――光が見えないの!?
“ガンビー“を悶えさせた、一際眩しい光。
サキ以外の”ワールド・シェパード社”の隊員から放たれた電子
だが、“クァトロ“は前脚、頭に喉に電熱を受けても、歩みを止めない。
ナノ加工銃弾の
「ナオト、『いつ』撃つかじゃなく、”ウィッカー・マン”を『どうやって撃つか』も教えた方が良いんじゃないか?」
「それには、『何処を撃つか』を教えるのが先だけどね、ブルース?」
ブルースが“クァトロ“の左前足から右肩に掛けて両断したのを見て、ナオトが笑顔で返す。
ナオトの笑顔と共に、彼の右手から放たれた銀色の
“ガンビー“が
悶える巨猿の胸の中心に、ナオトの投擲した短剣が三本突き立つ。
青白い光が刺し傷から放たれる“ガンビー“の頭部を、ロックが紅い滝となり両断した。
「それ以前に、『何処』に下がらせるか教えとけ。ついでに『どれだけ』役立たずかもな」
「辛辣な意見だね」
ナオトが、右手から
ナオトの“四つん這い“の左肺への一撃に続き、ブルースが
「ただ、その『役立たず』という言い回しをされて、『どれだけ』怒る人がいるかも考えてほしいかな?」
「それもそうね。弱点くらいガブリエルに聞いても罰は当たらないんじゃない?」
キャニスは、提案と共に右のトンファーを突き出した。
蒸気を吐き出しながら、飛び出した杭が“ガンビー“の鳩尾をぶち抜く。
彼女の杭の衝撃で、血の如く噴き出した青白い光に包まれた巨猿は、突き出した右拳と肩を残し、炎に包まれた。
巨猿の炎に立ちすくむ、“クァトロ“の頭部をナオトの
銀騎士の
重心と共に体型を崩した“四つん這い“が、
上空からのキャニスが放った左トンファーから打ち出した杭撃で、地べたを這いずる“クァトロ“の左胸を
「本当に色々話すこと、やることが決まりすぎてんだよ。同時に、俺らが話せないこともな」
サキの目の前で、今度は職場の愚痴をロックが吐き始める。
後は、自分たちの司令とも言える人たちが世間話に加わっているのにも、彼女は驚いた。
三体の“クァトロ“の頭部に向けて気怠さを見せながらも、ロックは
二体目は、翼剣に左肺を抉られ、三体目は倒れたところに、彼の右
しかし、ロックに
キャニスの揺れる二つの松明の様なお下げが、ロックの背後で疾走して揺れる。
彼女とすれ違った“四つん這い“は、大きな
炎に照らされて輝く、
彼の前には、“クァトロ“が三体、向かってきた。
二等辺三角形の頭部は、まるで突き立てた刃を思わせる。
だが、三体の“四つん這い“は体勢を崩し、二体は
その内の一体はその場で、崩れ落ちつつも、右胸部で
奇行を取った三体の“クァトロ“の左胸部全てに短剣が突き立っていた。
何れも、突き立てられた場所から微かに、青白い光が漏れている。
右胸部を路地で抉りながらも、ナオトに距離を縮める“クァトロ“。
しかし、ロックの赤黒い太刀筋が疾走し、ナオトの眼前の“クァトロ“に降り注いだ。
彼の一撃で、“四つん這い“の左胸が裂かれ、右前脚が弛緩しながら力なく落ちる。
ロックの散らした“クァトロ“の
先ほどのナオトの短刀に、悶える二体の“クァトロ“の内一体が、ブルースに狙いを切り替える。
ブルースは向かってくる“四つん這い“を、まるで、舞踏会で律動を刻むかのように円を描いた。
サキの目の前で、ブルースの双剣の舞が、“クァトロ“の前脚を止めた。
だが、ブルースの斬撃を逃れた白銀色の
だが、
キャニスのトンファーが、寸前で“クァトロ“を貫いた。
強大な刺突の衝撃に胴体が炸裂。
機械仕掛けの四肢が、ナオトの前で
”ウィッカー・マン”に囲まれた、ナオトと三人の戦士にサキは息を呑む。
手慣れた手つきで、異形を次々と屠る三人の若者。
そんな彼らと対等に会話するナオトに垣根は無い。
それどころか、まるで祭りを楽しまんとする人間の様に見えた。
しかも、自分たち末端の隊員たちが、入っていないかのように言葉をひたすら紡いでいる。
その様を見て、彼らの顔に感情が表れ始めた。
少なくとも、ロック達の活躍に対する喜びだけではない。
彼らの見せる実力から来る、呆れと疲れに恐怖。
それらが”ワールド・シェパード社”の社員たちを覆い始めていた。
覆われた無力感と絶望感が、白と黒の隊員たちを支配し、サキの熱狂も覚ます。
無力感と共に、ロック達の軽薄な振る舞いへの敵意の芽生えすら感じた。
サキは、隊員からロックに顔を向ける。
爆炎の中から、“クァトロ“が“
サキは電子
“クァトロ“の左胸部から電流の蛇が発生し、地面を頭部から落ちていく。
倒れた“四つん這い“を、黒と赤の斬影が、サキが狙った左胸部も含めて両断した。
ロックがサキに向けて舌打ちをする。
しかし、邪魔をされたという嫌悪の視線ではない。
彼の伏せられた眼からサキは微かに悲しみの色が見た。
彼の反応への疑問を置いて、サキは声を大きく、
「みんな、このままでは倒せないわ。せめて、一撃で行動不能にするのよ。“クァトロ“は左胸部、“ガンビー“は胴体の中心を狙って!!」
隊員たちは冷水を打たれたように、サキに視線を集中させた。
「サキ、悪戯に刺激してんじゃねえ。テメェは引っ込んでろ!!」
ロックが翼の様な剣を薙ぎながら、サキの前に現れる。
右腕を上げる様が、雛鳥を守る親鳥の様に見えた。
銀色の“四つん這い“が、彼の右腕めがけて飛び掛かる。
サキは、“クァトロ“が右前脚をロックに突き立てようとして、空いた左胸部に電子
動力源の回転音と共に銃弾が放たれ、“クァトロ“が機械音の叫びを上げた。
惰性で地に落ちようとしたところを、ロックは翼の剣でサキの狙った個所を貫く。
「人の話を――!?」
「もう馬鹿らしい!」
ロックのサキへの恫喝を止めたのは、彼の右腰に放たれたキャニスの右脚だった。
「あたしはサキの指示に従ったら良いと思う。ナオトさん、良いでしょう?」
蹴られて
キャニスの提案に、ナオトが溜息を吐き、ブルースに視線を促す。
「俺たちは、向こう側にある”ウィッカー・マン”に用があって、目の前の対処については何も言われていない。少なくとも、サキの素行についてはお前の管轄で、俺たちがサキにどうこう言える立場じゃない。だから、ロック。口を挟むな」
ブルースが頷きつつ、悶えがら立ち上がるロックに釘を刺した。
ナオトがサキの提案を復唱して、残存している”ワールド・シェパード社”の隊員に伝える。
ブルースと言う男の言った“向こう側”という言い回しがサキの中で引っ掛かったが、今対応すべき事態と比べても、優先度は低いだろう。
サキが考えながらロックを見る。
彼は、ブルースの意見に不服そうだが、
「分かっちまったらしょうがない。なる様になる」
「ややこしくなる、の間違いだろ。指示に従う。狙い外して俺らに当たったら、”ウィッカー・マン”諸共ぶった切るぞ!」
ロックは、
キャニスとブルースも、彼女の視界から何時の間にか消えていた。
サキが視線を、ロック達の立っていた路地に向ける。
ゴシック様式の聖ロザリオ大聖堂が、右手に佇むダンズミュア
ただし、掛かっていた有刺鉄線とバリケードに空いた穴越しにしか、一部を視認できない。
そういえば、ロックたちのやり取りに気づかなかったが、サキの死に掛けた地点から、異形たちの影も形もなかった。
旧市街側で留まっていた、二足歩行と四足歩行の”ウィッカー・マン”も数を減らしている様だった。
この状況に、高揚感がサキの中で、再度芽生える。
サキの横で、”ワールド・シェパード社”の隊員たちによる光線が、“ガンビー“の胴体の中心を捉えた。
光線の
彼女のトンファーによる刺突が、破壊の花を開花させていった。
“クァトロ“の胸部を中心とした胴体に光の網が集中すると、ブルースの剣舞が“四つん這い“の四肢を路地のスパンコールに変えていく。
しかし、ブルースとキャニスの間をすり抜けた“クァトロ“が三体、黒と白の軍勢に襲いかかる。
犬耳の戦士たちは、眩い光の矢で応戦、異形の頭部と胴体を揺らした。
サキもその一人として、電子
その甲斐あって、三体目の“クァトロ“の左前足に命中し、転ばせた。
着弾したが、一体目の右前脚の爪の方が速く、彼女の頭に、銀鏡色の死が振り下ろされようとしている。
そこに、ロックが割って入った。
彼の持つ剣が火花を散らし、紫電を放つや否や、瑞光をまき散らして、一体目を両断。
その時の衝撃が、二体目も吹き飛ばし、三体目の前に
三体目の“クァトロ“の頭部と胴体を、ロックは正面から真二つ。“四つん這い“の胸部がその衝撃で潰れた。
ロックは鼻を鳴らしながら、サキを睨む。
不思議とサキは、彼から感じていた重圧感を悪意の塊と思えなくなっていた。
赤い
ロックの言動の節々は、確かに無力感を叩きつける。
自分の力を理解――いや、分かり切っているが故に、他人を関わらせない様に見えてならなかった。
彼女が、ロックの胸中を図ることを断念した。
そうするしかなかった。
“クァトロ“、“ガンビー“という二種類の”ウィッカー・マン”の大群から漏れる、青白い光。
それが、サキの前で尾を引きながら、ある一点に向かう。
サキの視線の先にあるもの。
それは、青白い燐光を浴びながら仁王立ちする巨人だった。
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