雨降る街の枯れた涙―④―
「全員、構え!」
ナオトの号令で、サキの後ろにいる隊員たちが、恐怖感を振り払うように電子励起銃を構えた。
彼がもう一声上げると、一条の光が突き抜ける。
雨粒の軌跡と瓦礫の噴煙が、光によって浮かんだ。
路地の水溜りに広がる波紋も照らし、光が空間を揺らす。
それを皮切りに、幾重もの光線が、英語、スペイン語、韓国語に中国固有の漢字の看板に彩られた路地を突き抜けた。
閃光の軌跡から、衝撃音が所々から轟き始める。
数日前に終わった冬時間の余韻を引きずりつつ、降り始めた夜の帳を閃光が穿っていった。
その光を標識灯に見立て、黒い犬頭を模した兜と、白い骨の様な外骨格を纏った“ワールド・シェパード社”の戦士が前進。
まるで、表計算の表の様に整理された区画の行から列へ浸透していく。
光の担い手の中に、河上サキも加わった。
彼女は、白と黒に彩られた長方形を携え、狙いを定める。
犬耳を連想させるアンテナの付いたヘルメットの保護面に、淡い光が出た。
それに包まれる、”クァトロ”と”ガンビー”の輪郭が波の様に浮かぶ。
そのうねりに、光が楔のように打ち込まれていった。
だが、異形は歩みを止めない。
頭部や間接に衝撃が伝わるが、一瞬、全身をその場に留めさせるだけ。
その姿を見て、サキは目を疑った。
――光が見えないの?
”ガンビー”を悶えさせた、一際眩しい光。
サキ以外の”ワールド・シェパード社”の隊員から放たれた電子励起銃の光弾は、異形の機械たちで明滅する光以外を抉った。
だが、”クァトロ”は前脚、頭に喉に電熱を受けても、歩みを止めない。
ナノ加工銃弾の熱出力は、異形を”慣性の法則”による後退は受けるが、何れの一撃も致命傷には至らなかった。
「ナオト、『いつ』撃つかじゃなく、”ウィッカー・マン”を『どうやって撃つか』も教えた方が良いんじゃないか?」
「それには、『何処を撃つか』を教えるのが先だけどね、ブルース?」
ブルースが”クァトロ”の左前足から右肩に掛けて両断したのを見て、ナオトが笑顔で返す。
ナオトの笑顔と共に、彼の右手から放たれた銀色の鞭が、”ガンビー”の首に絡みついた。
“ガンビー”が鞭を解こうと両腕部を上げると、縛っていた鞭の茨が巨猿の首にめり込んだ。
悶える巨猿の胸の中心に、ナオトの投擲した短剣が三本突き立つ。
青白い光が刺し傷から放たれる”ガンビー”の頭部を、ロックが紅い滝となり両断した。
「それ以前に、『何処』に下がらせるか教えとけ。ついでに『どれだけ』役立たずかもな」
「辛辣な意見だね」
ナオトが、鞭を”クァトロ”へ放ちながら、ロックの意見に相槌を打つ。
”四つん這い”の左肺への一閃が、ブルースの乗せた苔色の風に運ばれたのを見届けると、
「ただ、その『役立たず』という言い回しをされて、『どれだけ』怒る人がいるかも考えてほしいかな?」
「それもそうね。弱点くらいガブリエルに聞いても罰は当たらないんじゃない?」
キャニスが、提案と共に右のトンファーを突き出した。蒸気を吐き出しながら、飛び出した杭が”ガンビー”の鳩尾をぶち抜く。
彼女の杭の衝撃で、血の如く噴き出した青白い光に包まれた巨猿は、突き出した右拳と肩を残し、炎に包まれた。
巨猿の炎に立ちすくむ、”クァトロ”の頭部をナオトの鞭が撓る。
銀騎士の鞭の重りが、曲線を描きながら”四つん這い”の眼窩を抉った。
重心と共に体型を崩した”四つん這い”が、鞭に引かれて左胸を地面にこすりつける。
上空からのキャニスが、左のトンファーから打ち出した杭撃で、”クァトロ”の左胸を土瀝青の大地に縫い付けた。
「本当に色々話すこと、やることが決まりすぎてんだよ。同時に、俺らが話せないこともな」
サキの目の前で、今度は職場の愚痴をロックが吐き始める。
後は、自分たちの司令とも言える人たちが世間話に加わっているのにも、彼女は驚いた。
三体の”クァトロ”の頭部に向けて、気怠さを見せながらも、ロックは護拳の殴打で一体の顎を砕く。
顎を砕いた涙型の護拳が、突き抜け様に二体目と三体目も道連れにした。二体目は、翼剣に左肺を抉られ、三体目は倒れたところに、彼の右踵が右胸部を潰す。
しかし、ロックに顎を潰された一体目の”クァトロ”が、彼の背後を噛み切らんと跳躍。
キャニスの揺れる二つの松明の様なお下げが、ロックの背後で疾走して揺れ、”四つん這い”は大きな松明にされた。
炎に照らされて輝く、鞭を携えたナオトがサキの目の前に映る。
彼の前には、”クァトロ”が三体、向かってきた。二等辺三角形の頭部をまるで、突き立てた刃の様に一点集中。
だが、三体の”四つん這い”は体勢を崩し、二体は迂回路を取らされた。
その内の一体はその場で、崩れ落ちながら、右胸部を土瀝青の路地を削りながら滑走。
奇行を取った三体の”クァトロ”の左胸部、全てに短剣が突き立っていた。
何れも、突き立てられた場所から微かに、青白い光を漏らしている。
右胸部を路地で抉りながらも、ナオトに距離を縮める”クァトロ”。
“クァトロ”は、立ち上がらんと右前脚を振り上げる。
しかし、それよりも速いロックの赤黒い太刀筋が、ナオトの眼前に降り注いだ。
彼の一撃で、”四つん這い”の左胸が裂かれ、右前脚が弛緩しながら力なく落ちる。
ロックの散らした”クァトロ”の残骸と雨の飛沫が、ナオトの前の視界を覆った。
先ほどのナオトの短刀に、悶える二体の”クァトロ”の内一体が、ブルースに狙いを切り替える。
ブルースは向かってくる”四つん這い”を、まるで、舞踏会で律動を刻むかのように円を描くように迎えた。
苔色の風の運ぶ、二振りの剣から刻まれる律動が、雨粒を弾きながら流線を描く。
サキの目の前で、ブルースの双剣の舞が、”クァトロ”の前脚を止めた。斬閃は肩と腿を四散させ、体内の恒星は星屑を土瀝青の上にばら撒く。
だが、ブルースの斬撃を逃れた白銀色の咢が、鞭を持つナオトを襲った。
迂回させられた三体目の刺された左肺から、青い光が血の様に噴き出し、銀騎士の頭蓋を覆わんと口を大きく開ける。
だが、上顎と下顎で作られた電位差の断頭は、銀騎士に落ちなかった。
キャニスのトンファーが、”クァトロ”を貫く。
強大な刺突の衝撃に胴体が炸裂。辛うじて残った機械仕掛けの四肢が、ナオトの前で土瀝青に沈んだ。
”ウィッカー・マン”に囲まれた、ナオトと三人の戦士をサキは息を呑みながら、凝視。
手慣れた手つきで、異形を次々と屠る三人の若者。
そんな彼らと対等に会話するナオトに垣根は無い。
それどころか、まるで祭りを楽しまんとする人間の様に見えた。
しかも、自分たち末端の隊員たちが、入っていないかのように言葉をひたすら紡いでいる。
その様を見て、彼らの顔に感情が表れ始めた。
少なくとも、ロック達の活躍に対する喜びだけではない。
彼らの見せる実力から、呆れと疲れに、恐怖が”ワールド・シェパード社”の社員たちを覆い始めた。
覆われた無力感と絶望感が、白と黒の隊員たちを支配し、サキの熱狂も覚ます。
無力感と共に、ロック達の軽薄な振る舞いを、敵意として受け取り始めていた。
サキは、隊員からロックに顔を向ける。
爆炎の中から、”クァトロ”が”深紅の外套の守護者”に飛び掛かった。
サキは電子励起銃の銃口を向け、異形が含める光に向けて一発。
“クァトロ”の左胸部から電流の蛇が発生し、地面を頭部から落ちていく。
倒れた”四つん這い”を、黒と赤の斬影が、サキが狙った左胸部も含めて両断した。
ロックがサキに向け、舌打ちをする。
しかし、邪魔をされたという嫌悪の視線ではなく、彼の伏せられた眼から、サキは微かに悲しみの色が見た。
彼の反応への疑問を置いて、サキは声を大きく、
「みんな、このままでは倒せないわ。せめて、一撃で行動不能にするのよ。”クァトロ”は左胸部、”ガンビー”は胴体の中心を狙って!!」
隊員たちは冷水を打たれたように、サキに視線を集中させた。
「サキ、悪戯に刺激してんじゃねえ。テメェは引っ込んでろ!!」
ロックが翼の様な剣を薙ぎながら、サキの前に現れる。右腕を上げる様が、雛鳥を守る親鳥の様に見えた。
銀色の”四つん這い”が、彼の右腕めがけて飛び掛かる。
サキは、”クァトロ”が右前脚をロックに突き立てようとして、空いた左胸部に電子励起銃を発砲。
動力源の回転音と共に銃弾が放たれ、”クァトロ”が機械音の叫びを上げた。惰性で地に落ちようとしたところを、ロックは翼の剣でサキの狙った個所を貫く。
「人の話を――!?」
「もう馬鹿らしい!」
サキへの恫喝を止めないロックを黙らせたのは、彼の腰の右側に放たれたキャニスの右脚だった。
「あたしはサキの指示に従ったら良いと思う。ナオトさん、良いでしょう?」
蹴られて悶えるロックが存在しないかのように、キャニスはサキとナオトに続けた。
キャニスの提案に、ナオトが溜息を吐き、ブルースに視線を促す。
「俺たちは、向こう側にある”ウィッカー・マン”に用があって、目の前の対処については何も言われていない。少なくとも、サキの素行についてはお前の管轄で、俺たちがサキにどうこう言える立場じゃない。だから、ロック。異論は挟むな」
ブルースが頷きつつ、悶えた体を震え起こすロックに釘を刺した
ナオトがサキの提案を復唱して、残っている”ワールド・シェパード社”の隊員に伝える。
ブルースと言う男の言った”向こう側”という言い回しがサキの中で引っ掛かったが、知るべき情報の優先度は低いだろう。
サキが考えながらロックを見る。彼は、ブルースの意見に不服そうだが、
「分かっちまったらしょうがない。なる様になる」
「ややこしくなる、の間違いだろ。指示に従う。狙い外して俺らに当たったら、”ウィッカー・マン”諸共ぶった切るぞ!」
ロックは、窘めるブルースを一瞥して、跳躍し、サキの目の前から姿を消す。
キャニスとブルースも、彼女の視界から何時の間にか消えていた。
サキが視線を、ロック達の立っていた路地に向ける。
ゴシック様式の聖ロザリオ大聖堂が、右手に佇むダンズミュア
ただし、掛かっていた有刺鉄線とバリケードに空いた穴越しにしか、一部を視認できない。
そういえば、ロックたちのやり取りに気を取られていて、見ていなかった。
サキの死に掛けた地点から、異形たちの影も形もない。
旧市街側で留まっていた、二足歩行と四足歩行の”ウィッカー・マン”も数を減らしている様だった。
この状況に、高揚感がサキの中で、再度芽生える。
サキの横で、”ワールド・シェパード社”の隊員たちによる光線が、”ガンビー”の胴体の中心を捉えた。
光線の蔦に捕らえられた”ガンビー”に、榴弾の種子をキャニスが植え込む。彼女のトンファーによる刺突が、破壊の花を開花させていった。
”クァトロ”の胸部を中心とした胴体に光の網が集中すると、ブルースの剣舞が”四つん這い”の四肢を路地のスパンコールに変えていく。
しかし、ブルースとキャニスの間をすり抜けた”クァトロ”が三体、黒と白の軍勢に襲いかかる。
犬耳の戦士たちは、眩い光の矢で応戦、異形の頭部と胴体を揺らした。
サキもその一人として、電子励起銃を発砲。
その甲斐あって、三体目の”クァトロ”の左前足に命中し、転ばせた。
着弾したが、一体目の右前脚の爪の方が速く、彼女の頭に、銀鏡色の死が振り下ろされようとしている。
そこに、ロックが割って入った。彼の持つ剣が火花を散らし、紫電を放つや否や、瑞光をまき散らして、一体目を両断。
その時の衝撃が、二体目も吹き飛ばし、三体目の前に躍り出る。
三体目の”クァトロ”の頭部と胴体を、ロックは正面から真二つ。”四つん這い”の胸部が、その衝撃で潰れた。
ロックは鼻を鳴らしながら、サキを睨む。
不思議とサキは、彼から感じていた重圧感を悪意の塊と思えなくなっていた。
赤い外套の青年の視線は下を向き、歯を食いしばって吊り上がった口の端が、サキの頭から離れない。
ロックの言動の節々は、確かに無力感を叩きつける。
自分の力を理解――いや、分かり切っているが故に、他人を関わらせない様に見えてならなかった。
彼女が、ロックの胸中を図ることを断念した。
そうするしかなかった。
”クァトロ”、“ガンビー”という二種類の”ウィッカー・マン”の大群から漏れる、青白い光。
それが、サキの前で尾を引きながら、ある一点に向かう。
行先は、サキの視線の先。青白い燐光を浴びながら仁王立ちする、巨人に彼女の全思考が奪われた為に。
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