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洞の外に彼は気配を感じた。廠洞は隧道に向かって開口し、外からはいつも空気が吹き込む。勢いと風量は一定で、就業の間止むことがない。それがどういうわけだか止まっている。
誰か廠洞を訪ねる者がいるのだろうと彼は考えた。工員ならば立ち止まる理由はないし、気配はひとりではなく複数人のものだ。裏付けのようにして囁き声が聴こえたが、内容を聴き取ることはできなかった。つかのま身を硬くして、そのままじっと様子をうかがう。
遠ざかる跫音はやがて、規則正しい木槌の響きにかき消された。搬入された藁を湿らせ、叩いて加工した上で縄を綯うというのが、この廠洞で行われている作業のあらましで、そうした繰り返しを彼はもうずっと続けてきたのだった。
戦争が運んできた流行り病に冒され、みずみずしかった両の眼は爛れて光を失った。晴眼を備えながら何をも見なかった愚鈍への、これは罰なのだと彼は考えた。
手指の動きはどうにかつかめたが、足元より遠くは霧に包まれた。縄を綯うことで日銭を稼ぎ、自らを養うことを覚えてからは、人と会うことも少なく静かに暮らした。
ウルシュとはずいぶん後に再会し、お互いの無事を喜びあいもしたが、お互い話すことはあまりなかった。
最後に会ったときウルシュは、出征するのだと彼に告げた。友人たち夫婦が子宝に恵まれたことを、彼はもうその時知っていたから、少なからず動揺し勇気づけようとしたが、肝心な時言葉はうまく出てこなかった。
何か言おうとして咳き込んだ彼の背をさすりながら、心配するなとウルシュは朗らかに言った。どのみち、このご時世だ。どこにいたって戦争からは逃れられん、順番待ちにも飽き飽きしていたんだと嘯く友人に、助けられるようにして彼は同意した。
戦局が思わしくないことは、生活の逼迫から肌で感じられた。地下の工廠に徴用された時にも、だから特段の感傷を覚えることはなかった。心身をすり減らしていくような毎日にも、少しばかりの喜びと変化はときおり見つかるのだし、それで充分だと彼は思っていた。
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