第44話 コモノ大司教の末路
ウォルセア大神殿内にある主神ウォルセアを祭る大祭壇の前では、選ばれた聖女候補とそれを見守る判定人である法王。 そして立ち合いの大司教数名による厳かな主神ウォルセアへの祈りが終わり、いよいよ聖杯適合の儀が始まろうとしていた……。
「ではこれより聖杯適合の儀を始める。聖女候補二名は前に出よ」
進行役である大司教が二人へと声をかけた。 静かに前へと進み出た二人へと進行役の大司教が声を掛けようとした瞬間
『待て』
と静かに声を発する者がいる、声を発することもできずキョロキョロと目だけを動かす周りの者たち。
そうしていると聖女候補と聖杯の間にすっと立つ人物が一人……。
「ほっ……法王聖下」
進行役である大司教も、制止をかけたのが法王では何も言えない。 脇によけ法王へ跪拝する。
『良い、一同楽にせよ』
「は……」
大司教ですら滅多に尊顔を拝する事の出来ない法王が、自らの足で衆人の前へとやってきたのだ、一同驚愕の表情を隠しきれない。
『神の代理人にして代弁者である法王の名において適合の儀式はしばしの間待つように命ずる』
「お……恐れながら……な……なにか粗相がございましたでしょうか……」
進行役の大司教が真っ青な顔で振るえながら訪ねる。その様子を法王はじっと見ながら
『聖なる儀式にふさわしくない穢れが混じっておるゆえ排除を命じに来たのだ』
と言い放った。
「なっ! なんという事でしょうか、 聖下!今すぐ穢れを排除いたしますゆえ、その穢れの存在を私めに教えてはいただけませんでしょうか」
必死の様相で進行役の大司教が法王へ懇願する。
『そうか……ならば騎士よ、この目の前の大司教を捕らえよ』
法王は激昂するわけでもなく、淡々と進行役の大司教を捕らえるように命じる。 その声に即座に反応して神殿騎士達が進行役をしていた大司教を捕らえた。
「げ、猊下……これは一体なぜでございますか! 私は何もいたしては……」
『コモノ大司教よ、すでに証拠は多数。また先日お前が手駒にしていた司教へと語った数々の企みはすべて白日の下へと晒されておる故に言い訳はすべて無駄だ。 連れて行け』
と法王は騎士へ命じる、拘束された大司教コモノは見苦しく騒ぎながらも拘束されたまま連れていかれた。
あっという間の出来事に、驚きの表情を隠せない一同を法王は見渡し
『穢れの元は取り去ったが、大祭壇を祭る聖なる祈りの場を一時でも汚されたのは事実。しばし時間をおいて部屋を清めてから改めて儀式を行うものとする』
と宣言し、そのまま法王は部屋を退出して行き、一同はその様子を深く頭を下げ見ることはなかった……。
* * *
しばしお待ちくださいと別室へ送り出されたハリーテとキャサリンは、出されたお茶を堪能しつつも落ち着かない様子であった。
「あの……ハリーテ様?」
「どうしたのだキャサリン嬢?」
「あっという間の出来事で何が何やら分からなかったのですが、あの大司教様は何か悪いことをなさっていたのですか」
その言葉にハリーテは知らぬふりをして
「ああそうなのだろうな、だがキャサリン嬢は何も心配することはない。 あの男はここ、ウォルセアの法で裁かれるだけだからな、そもそもこの国では大罪を犯したとしても処刑されることはないのだ」
と答えた。
「そうなのですか?」
「ああ、ウォルセア教の教えには【死は救いであるがゆえに刑罰として用いてはならない】というものがあるのだ」
「そうだったのですか……フィルドはそこまでウォルセア教を重んじる文化がないものですから知りませんでした……」
「その点はスモウーブも同じだ、だから最高刑はセイント山の奥地にある修行場送りだな」
「修行が刑罰になるのですか?」
「あそこの修行場はまさに命懸けだ。 周りは高地な上に断崖絶壁にかこまれ、衣食住すべて自力で賄わねばならず、その上で一日15時間以上も祈祷に励まねばいかんのだ。 脱走や祈祷をサボろうなどと思っても即、首に嵌められた枷が締まるためどうにもならんそうだ」
「とても厳しいのですね……」
「まぁ過酷な修行に耐えきれず、命を落とした場合は『神の慈悲』を与えられたとされ、罪は消え普通の墓に入れてもらえはするらしいのだがな……」
何とも言えない顔になるハリーテ。
「ただ、あそこで30年生き延びたら聖人に列聖され大変ありがたい存在になれるそうだ。 過去にはたった一人だけ聖人様が誕生したことがあるそうだぞ」
「まぁ……それはすごいですわね」
「ただな……30年いた修行場の過酷さと聖人待遇の落差に、体の方がついていかなかったのか戻った一月後には病にかかりあっけなく逝かれたそうだ……」
「それは……神の慈悲を
「ウォルセア教徒からすればそうなのかもしれんな……今は歴代の聖人の霊廟に眠っておられるらしい」
「そして、恐らくあのコモノ大司教以外にもアメフットの宰相親子も修行場送りであろうなぁ……アメフットはウォルセア教を重んじる国であるゆえに」
「え……ヒンズィール様もですか!」
「あぁ……教義に反し暴飲暴食を続け、セオドア殿下にまで無礼を働いたのだからな……アメフットとしては許されざる大罪であろうよ」
「国の決定では仕方ない事なのでしょうが……あの体型では……」
「そうだな……それもまた神の慈悲を賜ったということだ」
二人は無言で少し温くなったお茶を飲み干すのであった……。
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