第42話 セオドアとエドワード
自室で書類を眺めていたエドワードは、トントンと扉をノックする音に気付き
「どうぞ」
と声をかけた。
「失礼いたします」
と、入ってきたのはフィルドが使用する区画を担当している護衛の騎士であった。
「何か御用でしょうか?」
「はい。 実はエドワード様にお渡しするように上層部のほうより遣わされた使者から手紙を預かってまいりました、不審な点がないかだけ確認させていただきましたが中身は拝見しておりません」
と一礼して手紙を差し出す。
「それはご苦労様です。 では拝読させていただきます」
「はい、 それでは失礼いたします」
と騎士は一礼して出て行った。
エドワードは手紙を開封し一読すると呆れたようにため息をつく。
「やっと白旗を上げる気になりましたか……まったく世話の焼ける事で……」
と呟き、音もなく部屋を出ていくのであった。
* * *
……ここは大神殿の奥にある法王宮、その中にある離宮の一つに次期法王であるセオドアが居を構えている。
部屋で寛いでいた彼は、傍付きのものが
「お客様がお見えになられました」
と告げるのを表情もなく見つめて
「お客様をもてなす準備をしたら、みな下がるように」
と呟いた。
「仰せのままに……」
と傍付きは出迎えの準備を始めるのだった。
すべての準備を整えて、エドワードを招き入れお互い簡単なあいさつを終えた後、人払いが済んだ部屋は音もなく静かなままであったが、二人の表情は正反対であった。
セオドアは無邪気さをも感じさせる満面の笑みで、上機嫌にエドワードを見る様はまるで懐いた子犬のようである、対してエドワードは表情を崩さないようにはしているものの、少し呆れた感じが出てしまっている。
セオドアの様子に、諦めたようにエドワードはセオドアへ問いかける。
「それで……貴方様のご希望どおり、あの大司教はうまく踊ってくれましたか?」
その言葉にもセオドアは笑みを崩さずに
「なんのことでしょう?」
と答えるがエドワードは構わず
「貴方様にしてはずいぶんと安い手を打ったものですね……フィルドへちょっかいを出させた手はまだ理解できますが、さすがにアメフットとスモウーブに関しては擁護できませんよ。 捨て駒にする為にしてもあまりにも美しくない計画を立てたものです……」
まるで教え子が提出した課題を評価するようにエドワードが淡々と言葉を紡いでいく、その言葉を聞いたセオドアはとても嬉しそうに
「ふふ……ずいぶん昔から、あの大司教は素晴らしく野心の強い男でしたので、大変よく踊っていただけましたよ。 ただ、完全に誤算だったのはあまりにも先の事を考えない愚か者であったことです。 『フィルドの件』以降は暴走が目に余るようになり、段々に修正するのも面倒になってしまって、そろそろ切り捨て時かなと……もちろんエドワード、貴方の目を誤魔化せるとはまったく思いませんでしたし、ついでに
と、ニコニコと笑いながら答えるセオドア。
「そちらの話は、まぁ後でいいでしょう……私の本題はなにかお分かりのはずですよね?」
「ええ勿論です。 エドワードならそう言うと思ってましたよ……ですが一つだけ言わせてください。 あの暗殺じみた真似は私の本意ではありません、そんな真似をしたら貴方を怒らせるだけで私には何の得もありませんからね」
そう言いながら、真剣な表情でセオドアは真っすぐにエドワードを見つめる。 それをみたエドワードは無言でしばらく考え込んでいたが
「……なるほど、『賢老会』の横やりですか……」
「……ええ、その通りです。 狙いはやはりエリクシール薬の
このウォルセアは法王を頂点とする絶対王政ではあるのだが、その外に公的扱いではない『助言機関』が存在する。それが賢老会だ。
彼らは表向きは何の権力も持たない、大司教を長く経験し尚かつ引退した者たちが集まって作った『ただの老人会のようなもの』だとされているのだが、実際はたとえ法王といえども粗略に扱う事の出来ない非常に厄介な存在であった。
「あの煮ても焼いても食えないジジイ共がエリクシール薬が流出していることに気が付いたのはそれほど前の事ではなかったようです。 おそらくあの愚かな大司教がフィルドから引き揚げてきた後に奴らに話を漏らしたのでしょう……そこからついでに私が
と、少し悲しそうな顔で項垂れる。
「まったく……愚か者を不用意に使うと何をしでかすか分からない、という事が身に染みたのではないですか? その為にとんでもない性癖を持っていると各国に話をばらまかれる羽目になったんでしょうから……まぁこれは賢老会からの貴方へのお仕置きでしょうがね」
呆れたようにエドワードはセオドアを眺めるのであった……。
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