第40話 錯綜する思惑
リリを送り出したエドワードはそのまま部屋へ戻ろうと廊下を静かに歩いていた。
すると部屋の前でキャサリンの世話を担当している侍女が、不安そうな顔でウロウロと落ち着きなく彷徨い歩いている。
「もし……貴女はキャサリン嬢を担当している侍女どのではありませんか?」
エドワードが声をかけると侍女ははじかれたようにエドワードを見上げ
「あ……エドワード様……夜分遅くに申し訳ございません……キャサリン様がどうしても、エドワード様を呼んで来てほしいとおっしゃるのでこうしてまいりました」
「一体キャサリン嬢になにがあったのです?」
「それが……なにもおっしゃらず『エドワード様を呼んできてほしい』とだけ……」
「そうですか……ご苦労様でした。 戻って結構ですよ」
と、安心させるように微笑んだ。 それを見てホッとしたように侍女は下がっていく、それを確認してすぐキャサリンの部屋へ向かうのであった。
……トントンとエドワードがドアを叩けば、即座に扉が開き真っ青な顔をしたキャサリン嬢が無言でエドワードの腕を取り、部屋へ招き入れ扉を閉めさせる。
「キャサリン嬢……一体なにがあったのですか?」
そう問いかけるとキャサリンはボロボロと涙を流しながら
「エドワード様っ……ウォルターがっ! わたくしをかばってケガをっ……もう、どうしたらいいのか分からなくてわたくし……う……ふううううっ……」
と号泣してしまう。 エドワードはすぐに
「分かりました、ウォルター君の所へすぐ案内してください!」
と急ぎ向かう。
……キャサリンの寝室の床に血を流してぐったりと意識を失っているウォルターに、エドワードが駆け寄り様子を確認していく。
「傷を負ったのは左腕……あとは脇腹も少し……ですがこのくらいなら傷も浅いので大丈夫です。 しかしこの様子は……とりあえず応急処置をしながら医師を要請しましょう。 キャサリン嬢、騒ぎを大きくしてはいけないと判断したのですね……この状況で一人でよくがんばりました」
エドワードの横にいたキャサリンは真剣な表情で
「エドワード様……なにか……わたくしにできることはありませんかっ!」
涙を流しながらもキャサリンは、いても立ってもいられないようでエドワードへ指示を仰ぐ。
「ならば医師の要請と、清潔な布とお湯が必要となるでしょうから控えている侍女へ申し付けてくれますか? ウォルターがケガをしたことは公表しても大丈夫ですから」
「はい、分かりました!」
それを目で追っていくと、部屋のすみの大きな石膏像の方へ続いているのが分かる、石膏像は壁に少し埋まるように立っており、ほんのわずかに隙間らしきところが開いてそこから風が吹いている。
「よほど慌てて逃げたようですね……わずかにずれているようです……まさかこんなところに隠し扉があるとは
ほどなく医師と使用人がやってきてウォルターを部屋へ運び傷の手当をしていく。
「傷はそれほど深くはありません、しばらくは腕が動かしづらいかと思いますがやがて戻ると思います。 ただ私のみたところ彼は……」
眉をひそめながら医師は診断結果を告げようとしたが、エドワードは
「医師殿、そちらは私がなんとかいたしますのでご安心ください」
と返した。
「しかしこれは……」
「これ以上事が大きくなってはウォルセア側も困ることになりますよ?」
そうエドワードに真顔で宣告されては、医師もどうしようもないのであろう……医師は仕方ないと言うようにため息をつき
「……分かりました。 すべてご承知のようですから何もいいますまい……ではまた後日、傷の方の経過だけ見に参ります」
と医師は何とも言えない表情で部屋を後にした。
ずっと横で心配そうに見ていたキャサリンは
「あの……エドワード様、ウォルターは大丈夫なんですよね……?」
と不安そうに問いかけた。
エドワードは痛ましいものを見るようにキャサリンを見て
「キャサリン嬢……それに答える前に 何があったのかを教えていただけませんか?」
と問いかける。
「はい……実はエドワード様のお言いつけ通りに部屋を入れ替え、ウォルターはわたくしの寝室で休んでいたのですが、その……ウォルターに少し話がありましたので部屋を訪ねたのです。 そしたら部屋ですごい物音がいたしましたので、ウォルターになにかあったのではと心配になってしまってつい扉をあけてしまったのです……」
「そうだったのですか……ではその時に襲撃者と対峙しているウォルター君をみたのですね」
「はい……襲撃者は最初、扉近くの床に倒れていたのですが、それを見てわたくし思わず悲鳴をあげてしまって……襲撃者に気づかれてしまい、わたくしを襲おうとした者からウォルターが身を挺してかばってくれたのです……」
その光景を思い出してまた涙があふれてくるキャサリン。
「わたくしがきちんと対処できていればウォルターが負傷することはなかったのにっ……エドワードさまごめんなさい……」
とうとうキャサリンはその場で泣き崩れてしまう。 エドワードはその肩へそっと触れて
「そのような状態ならば、普通のご婦人ならどうしようもありません。 それよりも襲撃者はどのような者だったかご覧になりましたか?」
「いえ……フードのついた大きめのローブを着ておりましたので姿はよく分かりませんでした」
「そうでしたか……」
少しほっとしたような感じのエドワードをみて
「エドワード様?」
と不思議そうにキャサリンはエドワードを見る。
「いえなんでもありません……キャサリン嬢。 実はウォルターは毒を受けています」
「えっ……あ……まさか昼間の……」
「ええ、その通り昼間の物と同じ毒です。症状などは省きますが、この毒は即死毒ではなく遅効性の毒なのです。 なのですぐに解毒剤を投与すればすぐ回復します」
「本当ですか! ならばすぐ解毒剤をお願いいたします!」
とその言葉にキャサリンの顔が明るくなる
「……実はこの毒の解毒剤とは貴女がお持ちの『エリクシール薬』だけなのです。 なのでウォルターを助けることができるのは貴女だけなのですよキャサリン嬢」
と真剣な顔で見つめるエドワード。
「これ……ですか?」
といつも身に着けていた袋を取り出す。
「ええ、そうです。その薬以外ではウォルターを助けることができません。どうしますか? 伝説の万能薬を使ってでもウォルターを助けますか?」
「はい! このままウォルターを見殺しにするなんてありえません。 お母さまもきっと許してくださるはずですもの……」
かたい決意をもってエドワードへ頷いてみせるキャサリンへ
「そうですね……きっと許してくださると思いますよ」
とニコリと笑いかける。
「では早速飲ませてあげて下さい」
「え……と、どうやって飲ませたら良いのでしょうか?」
意識のないウォルターを前に困っているキャサリンへ
「口移しで飲ませて差し上げたらよろしいかと」
平然と言うエドワードに
「え? くち……で?」
仰天するキャサリンへ
「私がウォルターに口移しで飲ませるのは、色々よろしくないでしょうから、キャサリン嬢しかおりません。 あぁ、それと私は少々用があるのでこれで失礼しますね 今夜はウォルターの傍についていてあげて下さい」
とニッコリ笑うとさっさと部屋から出ていくエドワードであった。
……その後真っ赤な顔でウォルターの顔をしばらく直視できないキャサリン嬢を不思議そうに眺める執事ウォルターの姿があったという……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
・エドワードは二人を放置したように見えますが、扉の外ではちゃんと護衛の騎士と世話係の侍女が待機しています。
勿論キャサリンの寝室も騎士を置いて封鎖してあります!
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