第39話 施療院へ

 神聖国ウォルセアは、聖女候補たちの慰問を祝福するかのように澄み渡る青空で朝を迎えた。

準備を終えた聖女候補達は、護衛の騎士達と共に施療院までの道を豪華な馬車でゆっくりと進んでいった。


 今回は、往復の間も審査対象となるという通達の為、侍従扱いのウォルターとカマスは留守番である。


「ハリーテ様、どうなさったのですか?」


 聖女候補らしいそれほど豪華ではないが、質のいいドレスを身にまとったキャサリンは不機嫌そうな様子のハリーテへ不思議そうに尋ねた。


「ウォルセアの権威づけのためなのは分かっておるのだが、こう宣伝の材料にするために仰々しい隊列を組んで街中を闊歩するのは性に合わん! それにこんな派手な道行きでは刺客に襲ってくださいと言わんばかりではないか……」


とはしたなくも頬杖をつきながら、不快そうに吐き捨てる。


「今回は少し危険になるやもしれん、くれぐれも騎士達やわたくしから離れるなよキャサリン嬢……」


その言葉に驚きながらも、気丈にうなづくキャサリン。


「はい……必ずハリーテ様のご指示に従います」


と力強く返事を返すのであった。



* * *


……施療院での慰問そのものは何事もなく終えることができた。


 キャサリンは、最初は初めて会う人達に緊張して上手く話せなかったが、エドワードの言う通り話し好きな人達のおしゃべりを熱心に聞いているうちに、自然と笑みがこぼれて人々から『素朴で可愛らしいご令嬢』だと好評であった。


ハリーテのほうは慰問は慣れているのでいつも通りの、堂々とした振る舞いと豪快な性格に『さすが公女殿下だ』と順調に信奉者を増やしているようであった。


予定通り慰問が終わり、帰りの馬車へ乗り込もうとした瞬間 施療院の死角から黒い影が躍り出てまっすぐキャサリンへ向かう


「キャサリン嬢!」


近くにいた騎士もかばおうとしたがそれ以上に影の方がスピードは上で、手に持ったナイフで切りつけようと迫ってくる。


「甘ぇな」


その声と共に馬車の上から降ってきたアドルファスは、勢いそのままに影を蹴りつける。


「捕らえろ!」


それを見た騎士達が影へ殺到し捕縛を始める。


その一部始終を見ていたハリーテが渋い顔をして


「アドルファスよ……もしやそなた馬車の上にずっとおったのか……?」


人目の多い公共の場であるため、公女様モードを崩さないように気を付けながらも呆れて尋ねるハリーテ。


「あぁ、ヒマすぎて寝てた」


とアドルファスはちょっとぼんやりした表情で答えた。


「普通に馬車の中で待機してたら良かろうに」


「騎士共が『美しいご婦人の中に混ざると絵面えづらが悪い』って入れてくれねーんだよ、しょうがねぇだろ」


「だからと言って馬車の上とは……」


呆れはてたという表情になってしまうハリーテであった。



 ……帰り道はハリーテの口添えもあり、無事馬車に入れてもらったアドルファスは、刺客が持っていたナイフを見聞しながらなにやら考え事をしているようであった。


「アド兄、なにか分かったのか?」


「ナイフそのものはどこにでもあるような作りのモンだな……だがコイツ毒がついてやがる」


「なんだと! では暗殺が目的だったというのか? いまさらそんな真似をしてなんの得があるというのだ」


ハリーテの言葉にいまさら恐怖がこみ上げキャサリンはガクガクと震えが止まらなくなる。

そんなキャサリンを見ていられず、背中をさすりながら慰めるハリーテ。


「すまないキャサリン嬢……襲われたばかりのご婦人に対して配慮が足りなかった……」


「いえ……わたくしの心が弱いばかりに……申し訳ありません」


ポロポロと涙を流し始めるキャサリン。


「怖い思いをしたのだから当たり前だ。 帰ってゆっくり休むとよい」


そのままキャサリンを慰めながら神殿へと帰りつくのであった……。



* * *


キャサリンを部屋へ無事送り届けて、ハリーテはアドルファスを伴い部屋へと戻ってくる。


「今帰った」


と、侍従のカマスへ声をかけると。


「おかえりなさいませハリーテ様。 さきほどからエドワード様がお見えでございます」


と恭しく出迎えるカマス。


「そうか……」


カマスへ先導されて応接室へやってきたハリーテへエドワードが


「おかえりなさいませ、殿下」


とエドワードも恭しく迎える。


「早速だが話は聞いておるか?」


「ええ、早馬が知らせを持ってきました……なんでもキャサリン嬢が襲われたとか……」


一緒に入ってきたアドルファスを見ながら答えるエドワード、その隣に無言で腰かけたアドルファスがナイフを渡す。


「毒が塗布されてたぜ」


その言葉に不快そうな表情をしながらナイフを見聞していくエドワード。


「これは……なんと厄介なものを持ち出したんでしょうね……」


「なにか分かったのか?」


「この毒は遅効性の毒で、切られたものは深いこん睡状態に陥り徐々に体力を削られていき、最後には呼吸が止まり死を迎えるものです。解毒剤は……皆無ではありませんが普通はまず手に入らないものになります」


「それはもしや……」


「ええ、『エリクシール薬』だけでしょう」


無表情で答えるエドワードにハリーテは


「では今回は暗殺が本来の目的ではなく、ブサイーク侯爵が持っているエリクシールをウォルセアまで運ばせるのが目的だったと?」


「恐らくは……相手はキャサリン嬢本人が所持しているとは知らないはずですから……」


「おい……いい加減オイタが過ぎる子供には仕置きが必要なんじゃねぇのか?」


表情を変えず淡々と、エドワードをみてアドルファスが問いかける。


「そうですね……」

とため息をつきながら答えるエドワード。


「犯人の目星はついておるのだな?」


「ええ……ですがもう少しだけ時間をください」


真摯な表情でハリーテを見つめるエドワードに


「分かった。エド兄に任せる」


と頷くハリーテであった。




* * *


……同日深夜 


 大神殿の裏手にひっそりと黒塗りの小さな馬車が横付けされている。

そこへ両手を縛られたまま、エドワードの子飼いである影たちにボロボロの恰好のままで連れられて来たリリは、恐怖におびえながらも逆らう気力もわかず大人しく連行されてくる。


馬車の前でエドワードが一旦合図を送り、リリを乗せる手を止めさせる


「貴女は自分がこれからどうなるのかご存知ですか?」


「え……?」


かすれた声で、疑問の声を上げるリリへ


「あの男は甘いですからちゃんと説明しなかったようですね……。 貴女はこれからスモウーブの公子殿下の慰み者として一生飼われます、すでに貴女専用のお部屋を用意して下さったそうですよ……良かったですね」


その言葉にリリは何を思ったのか表情を明るくして嬉しそうに


「公子様が……」


と涙ぐむ。 その様子を冷たい眼差しで見ていたエドワードが


「なにか勘違いされてるようですからここでハッキリ申し上げますが、今までと同じ生活ができると思わない事です。 あなた専用の監禁部屋に一生閉じ込められるということですよ? しかも期限は『公子様が飽きるまで』です」


「……どういう意味?」


「公子様が貴方に飽きたら即捨てられるという事です。 そうなったらフィルドとの約束どおり貴女は不要となりますので処分……貴女にはハッキリ言わないと理解できなそうですね、殺されます」


「ひっ……な……なんでっ」


「あの男も言ったはずですよ? 貴女は罪人だと。 罪人がのうのうと生きられるわけがないじゃありませんか……貴女はこれから死にたくないなら、ご自身のすべてをかけて公子様の寵愛を失わないように頑張るしかありません。 まぁいくら努力してもダメな時は即処刑されてしまうでしょうがね……あぁそういえば公子様は、来年には隣国から大変可憐で美しい方を公子妃様にお迎えになる事がスモウーブで決定したそうですよ……公子妃様は貴女の事もすべてご存知です、お輿入れ後も生きていられたらいいですね」


変わらず無表情でリリに事実を突きつけるエドワード。


「話は以上です。 精々長生きできるように頑張ってください……ああそうでした、引き渡される前に貴女には子が授からないように処置が施されますので、子を盾に長生きしようと思うのはムダです」


そう告げた後エドワードは素早く合図して、無言で涙を流しているリリを馬車に詰め込ませる。


「ではエドワード様、行ってまいります」

影は一礼して馬車を走らせていった……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


・施療院に行くための馬車は大型の物だったので下からは見えませんでしたが、建物の上からみてた人は上にアドルファスが転がってて大変驚いたことでしょう……。


完璧に舗装されている道をゆっくり走っている馬車だからこそできた芸だと作者は思います!

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