第38話 第二審査決定

 次期法王セオドア殿下に大変な無礼をはたらいたヒンズィール嬢は、本来は急病の為療養とされていたはずであったが、今回の件でウォルセア側から、聖女候補失格処分及び今後ウォルセアへの来訪の制限、そしてアメフット王国への厳重な抗議という、かなり重い処分を受けて強制送還されることになった。


 アメフット側も無事大司教と宰相の癒着の証拠を手に入れ、なおかつ今回の騒ぎもあり、本格的に宰相を追い落とす準備をする為にヒンズィール嬢を、大型の罪人を運ぶ為の鉄の檻馬車に収容し帰っていった。


そして神殿が落ち着きを取り戻した後日、改めて『選抜の儀』の新たな内容が通達された。


「施療院の慰問ですか?」


体型のせいもあって中々外に出られず、世間にあまり触れてこなかったキャサリンは施療院に行く意味がよく分かっていないようであった。


「ええ、聖女にふさわしい行動とは淑女としてのたしなみだけではなく、自分より下位の者……つまり平民に対しても分け隔てなく行動できるかを見るという事です。 ただキャサリン嬢やハリーテ様は治療の専門家ではありませんので比較的軽度な患者の慰問だけだと思いますよ」


と、ウォルセアから受けた通達を伝えるためにキャサリンの部屋を訪れたエドワードが補足して伝える。


「そうなのですか……お恥ずかしい話なのですがわたくし慰問というものをしたことが無くて……どういうことをしたら良いものなのでしょう?」


不安そうに尋ねてくるキャサリンへ、エドワードは優しく


「そう硬く考えずとも良いのですよ、重症の患者は休養が一番の薬となりますが軽度の患者はむしろ積極的に話を聞いてあげるのがいいと思います」


「そういうものなのですか?」


「軽度な患者というものは、大体退屈の虫をかっているものなのですよ。そこに可愛らしいご婦人方が訪ねてきて話を聞いてくださると思えば喜ばないものはそれほど多くはないでしょう?」


といたずらっぽくエドワードが返す。


「かわっ!?」


未だに褒められることに慣れないキャサリンは顔を真っ赤にして照れている。


「……お嬢様、そんな社交辞令にまでイチイチ反応していてはこの先大変ですよ」


ちょっと不機嫌そうにウォルターがキャサリンを諫める。


「そ……そうよね、ごめんなさい」


しょんぼりうつむくキャサリンをみてウォルターが慌てて


「いえ、お嬢様が可愛くないわけじゃなくてですね!」


とウォルターがなにやら言い訳をはじめるのを、エドワードが生ぬるい目線で見ながら


「……では私はお邪魔なようですのでこの辺で失礼しますね」


とさっさと部屋を出ていくのであった。




* * *


 ……ここはスモウーブ公国第三公女ハリーテが使用している区画の中の一室。


 何日か前に神殿の者に無礼を働いたとして、公女ハリーテより謹慎処分を申し付けられ事実上軟禁状態にあった侍女がひとり……。


「今日こそはここから出してもらえるはずだわ」


 しばらく前から連絡が上手くとれない大司教に充てて、彼女は何度も人づてに連絡を取ろうと試みやっと成功したのだ。


コココンと軽い感じの扉をノックする音と共に、扉の隙間から紙が差し入れられる


【一刻のちにカギを開けるからそこを出て中庭へ向かえ】


と書かれている。


「これは……やっと迎えがきてくれるのね」


と女はほっとしたように息をつき、紙を暖炉にくべて燃やす。


 約束の時間を今か今かとジリジリと待ち、やっと時間が来たことを確認するようにカチリと鍵の開く音がした。

はやる心を抑えながらソロソロと扉を開けて周囲を確認するが誰もいる気配はない、ならばと勢いづいて無我夢中で中庭へと駆けだす侍女。


そこの通路を曲がればたどり着くと、思った瞬間


「誰が逃がすかよ」


という声と共に腹部に衝撃を受けて、侍女は意識を失うのであった。



* * *


 ……侍女はみぞおちに鈍い痛みを感じながらゆっくりと意識を覚醒させてゆく。


「おう、目が覚めたかよ」


その声にはっと一気に意識をとりもどした侍女は、自分が縄で拘束されていることに気が付いた。


「えっ……な、なんで私がこんな目に……ちょっとアンタ! なんてことするのよ! 今すぐこの縄ほどきなさいよこの暴力男!」


と一気にまくしたてる侍女。 その瞬間侍女の頭の横をかすめてナイフが飛んできて後ろの壁に突き刺さり、ビィィィン


と小さな音を立てている。


「ひっ……ひぃぃぃぃ」


声にならない声を上げて侍女はナイフと男からのがれるように這いずって距離をとろうとする。


「ギャーギャーわめくんじゃねぇよクソ女が」


怒気を隠しもせずに唸るアドルファス。


「大体テメェは自分の立場を何にもわかっちゃいねぇ……なぁ元フィルド国民のリリさんよぉ」


「ど……どうして私の名前……あんた一体」


「なーんにも世間の事もわかんねぇ哀れで愚かなフィルドの王太子様を誑かすのは楽しかったか?」


表情を全く変えずに口の端だけを釣り上げて笑うアドルファスの姿に、ブルブルと震えながらもリリは


「な……何のことかしら……たしかにフール様とは以前に愛し合ったこともあるけど、今は別れたし関係ないわ」


「そういうわけにゃいかねぇだろうがよ、テメェには国家予算横領を唆した罪と内乱幇助罪で逮捕状が出てるんだからよ」


「なにそれ? そんなこと知らないわよ!」


真っ青な顔で言いつのるリリにアドルファスは構わず。


「テメェが知ってるかどうかなんて関係ねぇ、国に強制送還されれば速攻で裁判が開かれ即日処刑判決ってもうコースは決まってんだよ」


アドルファスは淡々と事実だけを述べていく。


「いや……いやああああああ! お願い!何でもする! 何でもしますからどうか命だけは助けてください」


縛られ碌に動けないながらも地面に頭をこすりつけて嘆願するリリ。そんな様子を無表情で見下ろしながら


「本当になんでもやんのか?」


「はい……だからどうかお願いします……」


「ほーう……自分の命だけが助かればいいのかよ? テメェの元恋人のフールはもう逮捕されて処刑されたんだぜ? 自業自得とはいえ可哀想によ……テメェみてぇなアバズレに引っかかったせいで王太子の地位どころか命まで失っちまった……それでも自分の命だけは助かりてぇのか?」


ボロボロと涙を流し真っ白な顔色で身を震わせながらも、必死に懇願するリリ


「お願いです……死ぬのはいやぁ……」


「そうか……そんなに死ぬのは嫌かよ……なら勝手に生きろや……ただし二度とにでられると思わねぇこったな」


そう吐き捨てると、アドルファスは興味を無くしたようにリリをそのまま放置して部屋を出て行った。




* * *


……その夜。


 毎度ノックもせず音もなくエドワードの部屋へ、ズカズカと入ってくるアドルファスへ呆れたような視線を送りつつも無言で酒の入ったグラスを渡すエドワード。


「首尾はどうでしたか?」


「テメェの言う通り、死にたくねぇって騒いでやがったぜ」


「では、予定どおりスモウーブへ送りましょう」


「そんな甘っちょろい処置でいいのかよ」


「死んだ方がマシなくらいには」


その言葉にアドルファスは不満そうにグラスの酒を飲みほし自分で注ぎなおす。


「一応本人に懺悔の気持ちがあるのならもう少し寛大な処置にしようかと思ってたんですけどね」


そう言いながらエドワードもグラスを傾け唇をしめらせつつ


「スモウーブの公子が『飼い殺しにする』という条件を飲んででも身柄を引き受けたいと要請してきていますからねぇ……その為のももう出来上がったそうですよ」


「どうせ飽きたら処分されるんだろうがよ……悪趣味なこった」


「全面的に同意しますが、フィルド王が色々条件を飲ませた見返りに渡すと決めたようですから、彼女に関しては私どもはこれ以上なにもしなくて良いでしょう。  しかし、いつ自分がと判断され、処分されるか分からない恐怖と共に暮らしていくのは、ひとおもいに処刑されるのとどっちがつらいんでしょうね……」


「知らねぇよ。 ……ところで、あの女を逃がす手引きしたのは大司教じゃねぇんだろ?」


「ええ、セオドア殿下ですよ」


「あの坊ちゃん殿下か……メンドくせぇな」


「そうですね……下手に手を出すと国際問題になりますから少し様子を見ましょう。 アンタは施療院の方をお願いします、ここを無事やり過ごせれば終わりですから」


「そういう発言はジジイが昔言ってた『フラグ』っていうやつじゃねぇのか?」


「嫌なこと言うのやめてくださいよ全く……」


結局いつも通り、最後までシリアスな雰囲気は続かない二人なのであった……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


・少し分かりにくそうなのでここで補足


リリちゃんは、公子望む限りは生かしておいていい、とスモウーブの専用(監禁)部屋から二度と出さない事を条件に譲渡されます。(ただしもうすぐすべての事情を聞かされている結婚相手が自国に来るので長くはないでしょう……)


作中でエドワードが言ってた『寛大な処置』とは、大司教が送られる予定の『一度入ったら二度と出られない修行場』に送られる予定でした。その辺はまた本編にて……。


しかしアドルファスに尋問的なことさせると毎回どっちが悪人か分からない絵面に……

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