第35話 山道にて

 山道としては、かなり綺麗にならされている山頂への道を、4人は黙々と進んでいる。

勾配もそれほどきついものではなく、昔から鍛えているハリーテやカマスは未だ余裕を感じる歩みで進んでいた。


「お嬢様、お疲れではありませんか?」


少し心配そうにキャサリンへ問いかけるウォルター


「ええ、まだ大丈夫よ! これくらいならダイエット中の運動より全然軽いもの!」


と余裕を感じさせる言葉ではあるが、多少体力がついたとはいえ身体強化はかかっていない為、少しつらそうである。


「お嬢様。 頑張るお気持ちは十分理解いたしましたが、きちんと疲れたら休憩をはさむのも大事な事ですよ……このまま無理をして倒れてしまったら大事なお役目を果たせなくなります」


ウォルターはキャサリンの為に休憩を提案した。

ハリーテも頷き


「ここにちょうど開けた場所があるゆえ休憩しよう」


とカマスへ準備させる。


 自分が足手まといなのでは……と気を使わせてしまい、少し落ち込むキャサリンへ


「わたくしもそろそろ山道のかわり映えせぬ景色に飽きたところだ。 馬を飛ばせるなら別段、飽きもせんのだが、いやはや休憩を提案してもらって助かった」


とカマスへ目線をやりつつ笑顔でキャサリンへ答える、それに合わせてカマスも


「確かに殿下のおっしゃる通り山道は退屈でございましたな、しかし霧も晴れてきたようで助かりました」


「あぁ、このまま霧が深くなったら危険だったからな……山はコロコロ天気が変わることがあるから気をつけねばいかん」


「ご歓談中失礼いたします。 宜しければお茶をご用意いたしましたのでお座りになりませんか?」


と、屋外であっても美しい所作を崩すことなく準備していくウォルター。


「おお、それはありがたい」


と岩場へと腰を下ろした。


「しかしウォルター殿は見かけによらず体力があるのだな」


と、普段から鍛えているカマスは同じ男性として余り鍛えているようには見えない、線の細いウォルターが大きな背嚢リュックを背負いながらも平然と動き回っていたウォルターを感心した様に眺めた。


「いえいえ! ……お恥ずかしい話で恐縮なのですが『浮遊魔法』を使っていますので重さは、ほぼ感じませんので……」


と少しばつが悪そうにこたえるウォルター。


「それは珍しい魔法を使われるのだな、しかしその魔法を使えるのなら執事ではなく別の道を選択することもできたのでは? たしか運搬に関わる仕事は引く手あまただと聞いたことがあるが」


疑問に思い、思わず訪ねてしまったカマスにウォルターは


「たしかにこの魔法に適性があると分かった時に沢山のお誘いをいただいたのですが、その中でも特に破格の条件を出してこられたのが、旦那様でした」


「えっ、そうだったの?」


キャサリンは初めて聞くウォルターの話に興味津々である。


「えぇ、『娘に不自由なく過ごしてもらいたい』と頭を下げられましてね……あの当時から、だいぶ移動に不自由されておられたのを、旦那様が見かねて直接私を訪ねてこられたのです」


と少し懐かしそうにウォルターが暴露する。


「全然知らなかった……」


茫然と呟くキャサリンへウォルターは


「なので、もうお嬢様の移動の為にお傍にいる必要はありませんから、この選抜の儀が終わったら私はお嬢様の専属を外される予定なのですよ」


と、突然のウォルターの発言に驚愕するキャサリン。


「そんな話聞いてないわ! そんな突然……」


ショックで茫然とするキャサリンへ


「実は旦那様から領地の運営の指南をいただけることになりまして……」


ちょっと恥ずかしそうにウォルターは話す。


「へ? うちを辞めるのではないの?」


「ええ、私が旦那様のお手伝いする時間が増えればその分お嬢様と一緒にいられる時間が増える、と旦那様が……」


「おとうさまってば……」


父の気持ちが嬉しくはあるのだが、ウォルターが傍にいなくなることにキャサリンは寂しくなった。


「失礼だがウォルター殿はじつは貴族の出なのか?」


カマスが訪ねると


「ええ、実は私はブサイーク侯爵家の遠縁にあたる子爵家の5男でして、そのご縁もありまして旦那様に雇用していただいた面もあるのです」


「それも知らなかった……わたくしウォルターの事何も知らなかったのね……」


すっかりしょげ返ったキャサリンだったが、ハリーテとカマスは別の事を考えているようで


「なるほど……つまりブサイーク侯爵は将来の婿がねとしてウォルターを雇用しておったのか」


と、納得するハリーテ達。


「はぇっ!?」


ハリーテのとんでもない発言にキャサリンは動転して変な声がでてしまった。


「お嬢様のお気持ち次第ではありますが、旦那様も『いずれは』というお考えをお持ちのようではあります。 可愛いお嬢様を、手元から離さずずっと家に置きたいとおっしゃっていますから」


と、キャサリンをみてニッコリと微笑むウォルターにキャサリンは顔を真っ赤にして俯いてしまうのであった。



* * *


 その後、何事もなく山頂へ着き、沐浴の支度をする間もキャサリンはウォルターを意識してしまい中々顔を直視できない。


「お嬢様」


「なっ!? ……なにかしらウォルター」


いきなり声を掛けられて、声が上ずってしまい顔が真っ赤になってしまうキャサリン、そんな様子が初々しく可愛らしいと思いながらウォルターは


「そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ」


「え?」


「突然あんな話をお聞かせして申し訳ありません。 今は選抜の儀を務めあげることを優先してください、これが終わってからゆっくりと話し合いましょう」


キャサリンの顔を見つめ真剣な顔で話すウォルターに


「えぇ……確かにそうね、今のわたくしは国の代表ですもの……。 でもウォルターの事は後でちゃんと考えるからそれまで待ってくれる?」


とキャサリンは顔を上げウォルターの目をきちんと見返した。


「ええ勿論です。 さぁまいりましょう」


と爽やかな笑顔で、泉までつきそうウォルターであった。





「ふふ……可愛らしいものよな。そう思わんか? カマスよ」


ハリーテは微笑ましくキャサリン達を見守っている。


「ハリーテ様も十分お可愛らしいと思いますよ?」


「おや褒めてくれるのか?」


「このカマスめの中には、ハリーテ様以上の女性は存在いたしませんので」


「よく回る口じゃのう、そんなに褒めても何も出ては来ぬぞ?」


「事実でございますから」


とこちらの主従も仲良く泉へと歩いてゆくのであった……。


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