第36話 次期法王 セオドア
聖地の泉にて、無事沐浴を果たしたキャサリンとハリーテは正式に聖女候補として認められ、次回の審査を待つこととなった。
発表は三日後とされ、それまで登山の疲れを癒してほしいとウォルセア側から手厚いもてなしを受ける二人であった。
その日、キャサリンは、部屋を訪ねてきたハリーテとゆっくりと午後のティータイムを楽しんでいた。
「そういえば、ハリーテ様は次期法王殿下にお会いしたことはあるんですか?」
「あぁ、先日会食の誘いを受けたのでお会いしたぞ」
「あの……宜しければどのようなお方なのかお聞きしてもよろしいですか?」
「ふむ……そうだのう、よく言えば温厚で穏やかそうな感じのお方だな……まぁここだけの話ではあるが、わたくし個人としては余り信用はできそうにないが」
難しい顔をしながら腕を組むハリーテ。
「そ…そうなのですか?」
「うむ……なんと言ったらよいのであろうな……そうだな、エドワードをもっと柔和で人当たり良くしてその倍くらいうさん臭そうにした感じだ」
「あー……なんとなく想像できました……」
「だから、キャサリン嬢は殿下にお誘いを受けても一人で受けてはいかんぞ」
「それは……わたくしがなにか粗相をするという事でしょうか……」
「いやそうではなくてな……」
少し困って横で控えているウォルターを見るハリーテ。
「お嬢様、ハリーテ殿下はお嬢様に身の危険が及ばないように心配してくださっているのですよ」
とキャサリンに言い聞かせる。
「心配?」
「ええ、お嬢様は余り世間に慣れていらっしゃいませんので
「確かにそうね」
「ですからそういう相手には、一人で不用意に近寄っては危ないと忠告いただいているのですよ」
「そういう事ですか……ハリーテ様、お気遣いくださいましてありがとうございます」
気遣いが嬉しくてニコリとハリーテに笑いかける、それにハリーテも微笑み返しながら
「分かってもらえれば良いのだ……わたくしも言葉が足りなかったな……許せよ」
とつい、立ち上がり手を伸ばしてキャサリンの頭を優しく撫でてしまうのであった。
そんなやり取りをしているうちに何やら部屋の外が騒がしい。
「何の騒ぎかしら?」
不思議そうなキャサリンの声に
「少し見てまいります」
とウォルターが部屋の外へと出て行った。
……しばらく待っていてもウォルターは戻ってこない、そればかりか益々騒ぎが大きくなってゆく。
「一体何事なのか……まぁ外の扉のまえで待機しておるカマスが何も言ってこぬから大事はないのであろうが……」
ハリーテも不審そうにドアの向こうを見てはいるが、キャサリンのそばを離れようとはせず警戒を強めた。
「ウォルターは大丈夫かしら……」
心配そうにドアを見ていると、トントンとドアを叩く音がしてほどなく
「失礼いたします」
とエドワードが入ってくるではないか、ハリーテは
「エド兄、扉の外の騒ぎは一体何なのだ?」
と問いかけたところ、エドワードは何とも言えない顔で
「ヒンズィール嬢が廊下で暴れておりまして……」
と答えた。
「何だと?」
「どうやらこの部屋へ、次期法王であられるセオドア殿下が訪れようとしたようなのですよ。それを聞きつけたヒンズィール嬢が廊下に転がり出て暴れておりまして……」
「ん? なぜ殿下は先ぶれもなく突然キャサリン嬢の部屋へ?」
ハリーテは眉を顰めエドワードを見る。
「恐らく殿下はキャサリン嬢の人となりを、お知りになりたかったのでしょうね。 いまだ殿下はキャサリン嬢と対面しておりませんので」
「……エド兄……まさか」
ジトリとエドワードを見るハリーテにエドワードは涼しい顔で
「不幸な事故でしたねぇ、まさか殿下がお越しになる話を、ヒンズィール嬢に廊下で聞かれてしまうとは思わなかったもので」
としれっとした顔で世間話のように聞かせるエドワード、ハリーテは呆れて
「確かに突然訪れたからといって殿下の面会を断ることは難しかろうが、無茶苦茶な手を使ったものだな……」
「万が一殿下のお気に召すような事があっては侯爵に申し訳が立ちませんので」
と表情を崩すことなく言うエドワードに、不審そうに眼差しをむけるハリーテ。
「まぁ
「えぇ、ですがここまで騒ぎが大きくなっては警備の者が止めると思いますので、すぐお帰りになられるでしょう。 何しろ通路に大の字に転がっていられては運ぶのも一苦労ですからね」
「一体何をしたらそんな事に……」
「……セオドア殿下を見た瞬間飛び掛かったというのか転がりかかったというのか……それを避けられて衝撃で気絶して動けなくなったらしいです……」
「「はっ?」」
思わず声がそろったキャサリンとハリーテのポカーンとした表情に、笑いをこらえきれずエドワードは口に手を当てて横を向きプルプルしている。
そんなエドワードを不機嫌そうに眺めていたハリーテだったが、そんな時にちょうどウォルターが戻ってきた。
「ウォルター! 大丈夫? 何ともない?」
心配そうにウォルターへ駆け寄るキャサリン。
「お嬢様? ええ、私はなんともありませんよ?」
「良かった……」
「あぁ……ウォルター君、
「ええ、問題なく部屋へ放り込んでまいりました」
「ご苦労様、浮遊魔法で運んでいただいて大変助かりましたよ」
「いえ、慣れておりますので」
とニコリとキャサリンを見ながら言うウォルターに、太っていた時代のあれこれを思い出して真っ赤になるキャサリンであった。
「では騒ぎが収まったようなのでわたくしも部屋へもどるとするか。 エド兄、
とエドワードへニヤリと笑いつつ手を伸ばす。
「ええ、喜んで」
と
……廊下を歩きハリーテの部屋へ到着すると、早速ハリーテは
「さぁ、話してもらえるのであろうな!」
とエドワードへ詰め寄る。
「勿論ですとも、可愛い妹弟子に隠し事などしませんよ」
とニコリと笑う。
「まったくエド兄は……それでセオドア殿下は何しにキャサリン嬢を訪ねてきたのだ?」
むすりとしているハリーテは、用意されたお茶をがぶ飲みしている。カマスはそんなハリーテを優しく見守りながら傍に立つ。
「そこは、キャサリン嬢にお話した通り、キャサリン嬢に会いに行かれたのですよ……私達を出し抜いたつもりでね」
「一体どうして……」
「あわよくば篭絡でもして、自らの都合のいいお人形さんにでも仕立てるつもりだったのでしょうねぇ……なにせヒンズィール嬢はあの通り碌に動けもせず聖女に仕立てるには不都合ですし、ハリーテ殿下相手では、お人形にする以前にご自身の身を危うくしかねませんから」
とニコリと笑うエドワード。
その話を聞いて憤怒の表情で、虚空を見つめているカマスの殺気が部屋を満たしていく。
「カマス」
ハリーテは一言声をかけた瞬間、ほどけるようにカマスの殺気が収まっていく
「失礼いたしました」
と二人に深く頭を下げた。
「まぁあの殿下の考えそうなことですから、こちらも手を打たせていただいた訳です」
「やはりあの殿下相当な曲者のようだな」
「……昔は可愛らしいお子様だったのですがね……なんであんな子に育ったのやら」
少しため息をつきながら言うエドワード。
「殿下を知っておるのか?」
「セオドア殿下がお小さいころに、外交の勉強も兼ねていたのでしょう。 何度かお会いしましたよ……まっすぐな気性の可愛らしいお子様でいらっしゃいました」
懐かしそうに話をするエドワードヘ
「そうなのか……人とは変わるものなのだな」
と複雑そうな顔で答えるハリーテ。
「ええ、良くも変われますし、逆もありますよ……」
と、遠くを眺めるエドワードであった……。
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