第34話 聖地セイント山へ

 セイント山へ出発当日、聖女候補を乗せた馬車はなにごともなく山の入り口へとたどり着き、いよいよ山へ登るときがやってきた。


「では行ってまいります!」


 張り切って声を出しているキャサリンを、可愛らしいとニコニコしながら横でみているウォルターとハリーテ。 そんなハリーテを、眩しそうに目を細め眺めるのは侍従のカマス。


「忘れ物はありませんか? ケガをしたり気分が悪くなったりなど、何かあったらすぐウォルターやハリーテ殿下を頼るのですよ」


と、こまごまとキャサリンへ言って聞かせているのはエドワード。


「エド兄はホント母親のようだな」


そんな様子が可笑しくて笑い声を漏らしてしまうハリーテであった。


「よそ様の大事な娘さんを預かっているのですから当然の配慮というものです! これが、そこの男なら無言で蹴り出してやりますとも」


「なんだとぉ?」


不機嫌そうにアドルファスが唸る。


「いつもながらに二人は仲良しだのう」


ハリーテは嬉しそうに二人を眺めている


「「どこが」ですか!」


「ほら、息がぴったりではないか!」


はははっとガマンできずに見ていたウォルターやキャサリン達まで笑い転げている。(カマスは他国の勅使を笑うのはと、必至で我慢して無表情を装っていたが体がプルプルしていた。)


 不本意そうに二人はふてくされた表情を見せていたが、すぐに真顔に戻り


「くれぐれもお気をつけて……ハリーテ殿下、カマス殿。 二人をよろしくお願いいたします」


とエドワードは深く頭を下げた。


* * *


「さて、ご一行は出立したわけだがよ」


 キャサリンとハリーテを送り出したアドルファス達は騎士を馬車どまりに待機させ、ひそやかに山の道なき道を進みながら話していた。


「えぇ、こんな聖域に手勢を送り込むなど大司教として正気とは思えないやり口ですが、それだけ追い込まれているのでしょうね」


 の為に山頂での沐浴を断念したアメフットの聖女候補ヒンズィールは、事実上候補から外れることとなった。


 だが、大司教はキャサリンを諦めたわけではないようで、密かに金で雇った手の者を聖地へ引き入れる手配を整え実行に移していた。


「手駒の司教が裏切ったとも気づかずに、大司教ご本人がベラベラお話して下さったのは幸運でした」


 ……屋敷のごろつきを排除したときに明らかになった、大司教の子飼いの司教を捕まえをした結果、大司教を裏切りこちら側へと簡単に司教は寝返った。


 なので、せっかくだからとウォルセア、アメフット、スモウーブ、フィルド 四つの国の担当者すべてを、向う側が良く見えるマジックミラー仕様の別室に集め、司教に自白剤でも飲ませて接待し、大司教から色々話をさせろと命じたところ見事に引っかかってくれた。


 計画が次々と破綻し精神的に追い込まれていたせいもあるのだろう、最後には酔いつぶれてしまったが本人の証言もとれ、元子飼いの司教が提出してきた証拠も十分揃い、後は断罪の時を待つばかりではあったのだが、大司教はすでにセイント山へ手勢を向かわせた後だという為、こうして二人はウォルセア側より許可を得て密かに大司教の手勢をさがしているのである。


「数は何人だ?」


「手勢は15、6人といったところでしょうか、余り大人数で動くといくら何でも聖域周辺を守る騎士に気づかれますからね」


「ウォルセアも頭がかたくて困ったもんだぜ……騎士の入山は絶対だめだとか抜かしやがってよ……」


「その点だけは完全に同意しますよ……あぁ、居ますね」


 気配を消し、姿隠しの魔法をかけた二人は静かに、山中で野営をしていたなゴロツキ集団を見つける。


 そこから二人は完全に無言のまま、己のすべきことを果たすべく動き出す……。



* * *


 辺りに突然霧が立ち込め急激に視界を奪われたゴロツキどもは、不審そうにあたりを見回す。


「なんだぁ? 急に霧が出てきたな」


「山の天気は変わりやすいっていうから早めに行動起こした方がいいんじゃねぇか?」


「あぁそうかもなぁ……じゃあ行くとするか」


 街中で長年ゴロツキ稼業などをやっていた者ばかりで、登山の知識など皆無な集団は、愚かにも視界が不良な中、目的の人物を探すために歩き出した。

歩き始めてどのくらいたったであろうか、霧は益々深くなっていき隣に立っている人間がやっと見えるくらいの状態となっている。

 ザクザクと山の中を歩く音、男たちの息遣いだけが聞こえているだけでひどく周りが静かだ。


「おい」


先頭を歩いていた男が横を歩く男へと声をかける。


「なんだ」


「なんだか様子がおかしくねぇか?」


「どこがだ?」


「やたら静かっつうか……おい、後ろの奴らはどうした? まさかはぐれたのか?」


男たちが振り返ると後ろを歩いているはずの者たちがどこにも見当たらないではないか。


「ちっ……あいつらどこいきやがった……」


「しょうがねぇ、探すしかねぇか」


そう言って引き返そうとした瞬間


「がっ……」


後頭部に凄まじい衝撃を受けて男の意識が遠くなる、その光景を見た隣の男が


「おい! しっかりしろ!」


と男に近寄ろうとしたとたんに「ギエッ」と声を上げ同じように倒された。


……それをみたエドワードが集めていた霧を散じさせてゆく。


「わりと早く片が付いたな」


「えぇ、少し霧が出ていてくれたおかげで楽ができました」


 エドワードは霧が出始めたのをみて、キャサリン達が移動するであろう方向から風を起こして霧を集め男たちにぶつけたのだ。


「後は自分たちで下山していただきましょう」

と意識を失い両腕を縛り上げられた男たちが、勝手にノロノロと足を動かし下山していく。


「後は彼女たちが頑張ってくださるはずです。 私たちは信じて戻りましょう」


「あぁ」


そう言いながら少しだけ残っている霧の中へ二人は消えてゆくのだった…。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


・山に入る前の会話


アド「おい」

エ「なんです?」

アド「なんで俺には身体強化かけねえんだよ」

エ「え? 必要あるんですか? アンタ山に住んでる獣ソックリですからいらないかと思いまして」

アド「俺はサルかよ!」

エ「……クマじゃなかったんですね……。 まぁ確かにサルみたいなもんですよね」(納得)


横で見ていた騎士たちは必至で笑いをこらえていたそうな……。

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