第33話 聖女候補 御前に並び立つ
神聖国ウォルセア本神殿内の、とある控えの間、本来であれば候補の令嬢一人一人に専用の控室が用意されるのだが、ハリーテたっての希望により今はキャサリンと二人仲良く待機している。
「ハリーテ様……わ……わたくし物凄く緊張してしまって……」
と膝はガクガクし顔色は真っ青になっているキャサリン、そんな様子にハリーテは
「そこまでか……まぁ、箱入りの令嬢が他国の要人だらけのこんな舞台に立つことなど、まずないであろうしなぁ」
と少し可笑しそうに微笑むハリーテ。
「キャサリン嬢、目をつぶって見よ」
「え? は、はい」
「そして深く深呼吸するのだ」
言われるままに何度か深く呼吸を繰り返すキャサリン。
「では口を開けて」
「はい」
言われた通り口を開けるとそこにポイと何かが放り込まれた
「ふぐっ」
驚きで変な声が出てしまったキャサリンは、開いた目を白黒させながらハリーテを見る。
「どうだ? ビックリして緊張もふっとんだであろ?」
と自分もキャサリンの口に入れた物と同じ飴を放り込む。
「この飴は、スモウーブで人気の菓子屋がわざわざ出立前に作ってくれたものでな、美味いであろう?」
流石に口に飴が入っている状態で喋るのは、はしたないとキャサリンは一生懸命コクコクと首を縦に振って見せた。
事実、飴はトロリと口の中でほどけてゆきハチミツの甘さがとても心を落ち着けてくれる。
「本来ならば、深呼吸の後で目を閉じ両手を頬にパンパンと打ち付けて、精神統一を図るのが効果的だとお師匠様が教えてくださったのだが、流石にか弱いご令嬢にそんな真似はさせられんしな」
と、明るい声で快活に笑うハリーテであった。
* * *
神聖国ウォルセア本神殿内にある法王謁見の間、広い部屋の両端には大司教及び司教たちが頭を垂れてズラリと並ぶ中、奥に鎮座している法王の玉座は薄いベールに囲まれておりその姿は影しか見えない。
その玉座の前には聖女候補となった三名が、それぞれ神の代弁者たる法王へ跪拝している。
約一名は転がっているようにしか見えないのだが……。
その姿になるべく目をやらないようにしながら、法王傍付きの大司教が一堂に声をかける。
「これより聖下による聖女選抜の儀へむけて賜った御言葉を申し伝える。 伏して聞き届けよ」
重々しく響き渡る声の合間に、少しづつ息苦しそうなゴフ……ゴフ……という声が混じっているのは、皆気づいてはいたが必死で聞かなかったことにする。
「まずはこの度の急な
法王猊下のありがたいお言葉の合間に、絞殺される生物のような苦しそうな息遣いがドンドン大きくなってゆく。
そして、跪拝のつもりなのだろうが、つぶれているようにしか見えないヒンズィールのあまりにも見苦しい様子にとうとうベールの中の法王らしき影が動き、傍付き大司教になにやら指示をしているようだ。
それを聞き届けた傍付き大司教が
「誰か! ヒンズィール嬢はご気分がすぐれないようなのでお部屋へご案内せよ!」
と指示を飛ばした。
その声を聴き、すごい人数の使用人が一気に動き謁見の間へ到着するまでに、彼女を乗せて運んできた簡易な輿へ、無理やり座らせ速やかに駆除されたヒンズィール嬢。
その様子を端に控えてきた大司教や司教たちは、無言ではあったが心底嫌なものを見たように顔をしかめるものばかりであった。
やっと静かになった部屋に、お言葉を伝える傍付き大司教のオホンという声が響く。
「では……改めて今回の聖女選抜の儀の内容をここで発表しよう」
その言葉に緊張したようにビクリと身をすくませるキャサリン、だが必死で平常心を保とうと静かにゆっくりと深呼吸する。 そして先ほどのやり取りを思い出し、ハリーテが傍にいてくれるのだから大丈夫……と心を落ち着けると少しだけ緊張がほぐれた。
「まずは明後日、3名には聖地であるセイント山へと昇ってもらい、その山頂の泉にて沐浴を行ってもらう。尚、聖地ゆえに余人の立ち入りは制限され、聖女候補1名につき従者1名のみ参加できるものとする」
そして続けざまに
「出発は明後日、早朝に馬車にてセイント山入り口まで送り、そこから従者と共に登山してもらう事になるゆえ準備は万全に行うように。もちろん入用なものがあればウォルセアがすべて用意するので申し出るよう。 なにか質問はあるか?」
と二人へ問いかけたが声は返ってこないので、傍付き大司教は一つ頷き
「ではこれより法王聖下の発令により『聖女選抜の儀』が開始される!」
と謁見の間へ朗々たる声が響き渡るのであった……。
* * *
その様子を、隠れて少し離れた場所から覗いていたエドワードとアドルファス。
「なぁ」
「なんです?」
「あの宰相の娘、前はあそこまで太ってなかったって随行の連中が言ってたんだけどよ」
「あぁその話ですか、えぇ私も聞きました。 どうやら今回の話を聞いたせいで『太れば太るほど次期様の目に留まりやすい』と勘違いしたらしいですね。 そのせいで益々暴飲暴食に励んで自力で何も出来ないほどになったとか……だれも止めないところがわがまま放題してきたツケというか自業自得というか……」
と嫌そうに眉をしかめた。
「しかしあんな状態で山登りってどうすんだ?」
「私に聞かれても……」
と、そんなしょうもない会話をしながらキャサリン達の待っているであろう控室へと足を運ぶ二人なのであった……。
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※ ハリーテ様はその道のプロなので大丈夫ですが、他人の口にいきなり飴を放り込むのは危ないので良い子の皆様は真似してはいけません!
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