第16話 帰還と新たなる旅 2

 その日新たにエルピス希望と名付けられた国では、澄み渡る青空の下で大規模な儀式が行われようとしていた。 

その儀式の中心にいる若者は、奪われていた召喚当時の持ち物と制服を身にまとい魔法陣の傍へ立っていた。


「準備はいいか?」


「あぁ、いつでもいける」


「なにか言い残すことはあるか?」


と尋ねるアドルファスの言葉に、ゴトーはこの世界へと呼ばれて来た時からの出来事を思い出していた。

 

 見知らぬ世界へ突然召喚された事、偉そうに名前を言えと怒鳴り拒否すれば国から出て行けと追い出したショカンシタ王、唯一信用したマーゴは王のスパイで自分を殺すつもりだった事……そしてスパイだと信じて虐げたレイの事、そして保護してくれたフィルド王国での事……。




* * *


 アドルファスと別れた後、ゴトーは保護してくれたフィルド王の指示でレイと一緒にルイス騎士団長の家に滞在することが決まった。

ルイスの家での日々は自分にとってこの異世界で初めて心穏やかに過ごすことができた大切な思い出になった。


 ルイス騎士団長の家族はレイと自分を快く受け入れてくれ、いろんな話も聞いてくれた。

その中で言ってくれたのだ、二人でキチンと話し合うべきだと。


 本当はレイと向き合うのは怖かった、騙されていたとはいえ彼に八つ当たりのようにひどい扱いをしたのだから何を言われても仕方ないと思っていたが、面と向かって話をする勇気が出てこなかったのだ、 だがショカンシタ王国がなくなり帰還のめどが立った時にゴトーは思った『このままでは一生後悔することになる』と。

だから二人だけで話す機会をうかがい、勇気を振り絞ってレイに話しかけたのだ。


「な……なぁ」


「え? あっ、ゴトー様! 何か御用でしょうか」


ルイス邸での朝の鍛錬が終わった時を見計らい話しかけたゴトーに屈託のない笑顔で走り寄ってくるレイ、その様子にちょっと気圧けおされてしまうゴトー。


「い……いや、ちょっと話できねぇかなって思ってさ」


「お話ですか? ゴトー様から声をかけていただくの初めてですね!」


と、ニッコリ笑うレイ。


「あ……あのさ……ゴメン!俺が悪かった……いくら騙されてたとしても俺……人として最低な事お前にしちまったよな……ムシがいいのは分かってるんだけどちゃんと謝りたかったんだ……」


と、ゴトーは俯きながらも自分の思いを伝え始めた、それを聞いたレイは戸惑っていたがポツポツと自分の気持ちを話し始める。


「ゴトー様……その……あの時僕もゴトー様の気持ちをちゃんと分かって上げられなくてごめんなさい……僕はゴトー様の護衛として、ゴトー様の身の安全さえ守れたらそれで仕事をしてるつもりになってました……役割さえ果たしていれば僕の存在を認めてもらえるんじゃないかって……でもそれでは本当の意味でゴトー様を守ることは出来ていなかったんですよね……僕、父上にいつも言われていた言葉を忘れてしまってたんです、『主の身を守るだけでなく心も守らねば騎士ではない』ってだからゴトー様が気にすることなんて何もないんです」


とションボリするレイ。


「それでも俺はお前にひどいことした事に変わりはねぇし、ちゃんと謝って筋を通して心置きなく帰りたかったんだよ」


とふてくされたようにゴトーは呟いた。


「だから帰る前に俺はお前の言う事1つ叶えてやる、ただしこの世界に残るのと真名教えろ以外でな」

その言葉にレイは驚き


「だっ!ダメですよっ! 簡単にそんな約束してはいけません! 悪い人に利用されたりしたらどうするんですかっ!」


と慌てる


「まぁ……もう利用された後だけどな……」


とちょっと遠い目をするゴトー


「そ、それは……」


とレイは目を泳がせる


「と、とにかくだ! 俺はもう決めたんだからちゃんとお前は望みを言え!」


その言葉に少し考えたレイは


「……では、異世界のお話を沢山聞かせてくださいませんか?」


と言った。


「そ……そんな事でいいのかよ」


少し拍子抜けしたような顔で答えるゴトー。


「はい! ルイス様にも少しだけ伺ったのですけど、異世界って便利で不思議なものが一杯あるって本当なのですか?」


とキラキラした目でレイが問いかけてくる


「あー……確かにこっちじゃあんまみかけねぇし珍しいかもなぁ、分かった! 話してやるよ」


「本当ですか!」


「ああ、約束だ。 ……あとな、俺の名前実はゴトーって名字……ファミリーネームなんだよ……」


「そ、そうだったのですか」


その言葉に少し驚くレイ。


「だからな、名前は全部教えてやれないけど友達は俺の事『ヒロ』って呼んでたんだ。 今からお前もそう呼べよ!」


と顔を赤くして横を向くゴトー


「……い、いいんですか?」


レイも真っ赤な顔でとても嬉しそうに問いかける。


「ああ……まぁ、とりあえず……その……あ! 朝めし食いにいこうぜレイ!」


と、逃げるように走り出すゴトー。


「あ、待ってくださいヒロ様!」


とそれを慌てて追いかけるレイ、それに追いつかれまいと必死で走りながら


「様なんていらねぇよ!」


と叫ぶのだった。



* * *


 そんな毎日を過ごせて本当に楽しかった。

少し名残惜しいがもう行かねばならないだろう、だが最後に少しだけ聞いてほしくなった。


「少しだけ、聞いてくれる?」


とゴトーはアドルファスへ尋ねた。


「ああ、いいぜ」


ニヤリと笑うアドルファス。


「俺、この世界に呼ばれて最初はすごく辛くて……なんで俺がこんな目に合わないといけないんだってずっと考えてた、自分が世界一不幸な人間だって……でも、あんたの話聞いてすごく恥ずかしくなった。

先代勇者がどれだけ頑張ったのかやレイの事も……俺って本当に子供だなぁってすごく考えさせられた……勇者として召喚されて、力を与えられても怖くてなにもできなかったし……そう思うと悔しくて情けないよな……」


ポツリポツリと取り留めなく話していくゴトーをアドルファスは黙って見守る。


「この世界の人達ってすげぇよ、俺こんな世界でずっと生きて行ける自信ねぇもん……それにあのクソ王みたいなヤツもいるけどこの世界の人達すげぇ良い人沢山いるって分かったし……友達もできたんだ……なぁ……この記憶って戻ったら忘れちまうのか……?」


不安そうに尋ねるゴトーに、アドルファスは珍しく優しい笑顔で


「心配すんな、お前の作ってきた思い出は消されねぇよ! 時間は消えた瞬間に固定されてるが、記憶の消去は魔法陣に組み込んでねぇ」


とゴトーの背中をパンと叩いた


「だから悪い記憶も良い思い出もみんな土産として持って帰れ! そのために綺麗なおねぇちゃんに会わせてやったんだからよ!」


とニヤニヤ笑う。 何を思い出したのかゴトーは


「えっ!? あっそ……それは…」


とゴニョゴニョとなにか言っていたがアドルファスは構わずゴトーの背中を押しやりながら


「元気でな! それとこの世界のバカが勝手な思惑に巻き込んですまなかった」


と魔法陣の上にゴトーを乗せる、すると輝きを増してゴトーの姿が見えなくなっていった


「ありがとう! 俺この世界に来れてよかった」


その声と共に完全にゴトーは消えて行ったのだった。





* * *

 

良く晴れた空の下で、街道をテクテクと歩いているのはいつもの見慣れたオッサン二人組。


「さて……今度はどこで何するつもりなんですか? いらない被害が出る前にちゃっちゃと白状しなさい」


「なんだそりゃ、俺は犯罪者かよ」


「似たようなもんじゃないですか」


「はぁ? テメェ本気でぶっとばすぞコラ」


「すーぐ暴力に訴えるからアンタは女性にもてないんですよ」


「誰がもてないんだよ! これでも娼館いったら大人気なんだぜ!」


「……それはアンタじゃなくて懐のお金が大人気なんですよ……」


「なにバカなこといってやがる! 俺のあふれ出る魅力が男にはわかんねーんだよ!」


「……あぁそうですか……で、次はどこ行くんです?」


「神聖国ウォルセアだ」


「そんな宗教臭いところに行ったらアンタ消滅しちゃうんじゃないですか?」


「人を悪魔あつかいすんなよ!」


「はぁ……あの国に行くということは『聖女選抜』に首を突っ込むつもりなんですね……また面倒な」


「それがよ、フィルドからも聖女選ばれたらしいんだよ」


「は? そんな話聞いてませんが」


「それが傑作でな、ブサイーク侯爵のとこの娘らしいぜ」


「はっ? あの顔と性格が正比例してるご令嬢ですか?」


「あぁ、あのブタにソックリな顔も性格も悪い女だよ」


「……聖女って性格わるくてもなれるんですね……」


「そうらしいなぁ……な? 面白そうだろ?」


「本気で厄介ごとしか持ってきませんね……しかたない……さぁ行きますよ!」


と二人の行先が決まったのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 これにて第一章 勇者召喚編 終了でございます。

ご覧いただきありがとうございました、第二部『聖女選抜編』へ続きます。



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