第41話 エピローグ

 ボロボロのボディ。そしてボンネットから煙さえ立ち上る。仮免運転中の表示と薄汚れた教習所のロゴがなければ、およそ教習車とは思えない。


 教習所の実技練習に精を出す教習生や教官の驚く視線を感じる。警察での事情聴取を終え、野崎と中川はようやく長い路上教習から帰ってきた。

 中川は車を停止し、サイドギアを掛け、シートベルトをはずす。


「お疲れさん。あたしの実技教習の時間はこれで終了よ」


 野崎がダッシュボードをあけると、中川の実技ノートと仮免許証を取り出して言った。確かに、長い実技教習だった。中川はノートを受け取ったものの、不思議に思って野崎に問いただした。


「教官。終了の判は…」

「惜しかったわねえ。今、停車するときに左ウィンカー出さなかったでしょ。残念だけどもう一度ね」




 麻里と修の新居のドアフォンの音がする。


「麻里。俺だ」


 服部が新婚の新居に遠慮も無くずかずかと入ってきた。麻里は、笑いながらお茶の準備をはじめた。

 服部は、居間に入ると壁の額装された新聞記事にしばし見入っている。それは、彼がこの家に出入りする際の習慣となっていた。その記事は、長年町に巣食う地域暴力団『三和組』を壊滅した服部の手柄を大きく報じている。滅ぼされるよりは、相手を潰そうと腹を決めた岡野のリークのお陰だった。服部は振り返ると、修に言った。


「ところで修君。名前は考えたかね」

「ちょっと待ってくださいよ。予定日はまだずっと先ですよ。しかも、エコー見ても男の子なのか女の子なのか、まだまったく判別できないんですから」

「そうか。私は考えた。これだ」


 修は有無を言わせぬ服部の言葉に、返す言葉を失った。


「それから、このご時世だ。生まれてくる子には、それなりの学歴が必要だ。大学まできちんと行かせなきゃだめだな。ここに幼稚園から大学まで一貫した教育で子供を預かってくれる学校の案内があるんだが…」


 修は書類入れからごそごそと案内を出す服部を眺めながら、もう一度津山が車で、この家の玄関に飛び込んできてくれないものかと考えていた。




 福島の公判は比較的早く終わった。しかも、未遂だったせいか、罪も軽くて済んだ。刑務所ではもっぱら上半身を使った新しい仕事の職業訓練に精を出していた。模範囚である事は、まちがいない。

 太一は、母親に連れられて、よく刑務所に面会に来た。この日も、太一は面会室で、津山が与えたコミックを読みながら父が出てくるのを待っていた。晴れて出所まで、そう遠い日ではなかった。


「とうちゃん。きょう学校の宿題で『アラジンと魔法のランプ』っていう本の感想文を書いたよ」

「そうか。うまく書けたか」

「うん。それでね、その感想文にね、僕も願いを叶えてくれる魔人に会ったことがあるって書いたんだ」

「みんな信じてくれたか」

「いいや。でも…とうちゃんも会ったものね。本当だよね」

「そうだね」


 あの若者は今頃どうしているのだろう。福島は窓の外を眺めながら思った。




「おい、健二。昼にするぞ」


 棟梁の声に、健二が、カンナを削る手を休めた。荒削りの白木の、いい匂いがする。角材に腰をかけて、彼は母親に作ってもらった弁当を広げる。彼は弁当を包んでいた新聞紙に知った顔を見つけて、思わず広げて読みふけった。


 スポーツ面にパリ~ダカール・ラリーで、久々に日本人によって総合優勝が達成された事を大きく報じていた。ゴールで花束に埋もれながら、嬉しそうにカップを持ちあげているナビゲーターとドライバーの写真が掲載されている。ドライバーは初めて見る顔だ。しかし、ナビゲーターは見間違うはずも無い、野崎だった。


 野崎が海に沈めたパジェロ。そのオーナーが、パリ~ダカール・ラリーに挑戦し続けるドライバーだった。愛車を海に沈められた件がきっかけで、野崎と知り合いになった。ドライバーは、パトカーとの熾烈なカーチェイスで見事なナビゲートをした人物と聞いて、野崎にパートナーにならないかと誘った。

 ドライバーの真の目的は、全国放送されたカーチェイスのナビゲーターを広告塔にして、資金集めをしようとしたのだった。しかし、予想に反して野崎はラリーのナビゲーターとしての実力を発揮。いくつかのレースで実績を積み上げ、今回の総合優勝となった。

 記事の中に、世界各国のジャーナリストに囲まれてインタビューされた野崎の優勝コメントが掲載されている。今回のレースにおいて、ふたりがたたき出した驚異的なタイムについての質問に答えた内容だ。

 彼はドライバーを差し置いて言っていた。


『いいえ。パトカーに追われてば、もっと早くゴールできたはずだわ…』

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