第40話 飛翔

パジェロの運転は野崎が担当する事になった。

 中川は、津山がウィングを持って乗り込んだリヤカーを支えて、スタートに備えた。


「お兄ちゃん」

「兄貴」


 恵美子と健二が津山に最後の声をかけた。津山は力強く頷くと、あの野獣の目を蘇らせて、自分が飛ぶ空をまっすぐ見据えた。


 自分が挑むものに、目をそらさず力強く見据える津山。中川はそんな彼の姿を眩しく感じた。津山は手を上げた。スタートの合図だ。パジェロの運転は野崎。彼は徐々に加速しながら動き始めた。

 リヤカーも動き始めたものの津山は、大きなウィングの扱いにてこずっているようだ。大きな風を受けて、それでもウィングはその風を十分に活用できないでいた。


 パジェロのスピードが上がった。リヤカーがきしみ始めた。リヤカーはもうこれ以上のスピードに耐えられないようだった。いや、そんなことよりも、助走として予定していた防波堤がもう間もなく切れる。防波堤が切れた先は海。その前に飛び上がらなければ、今度こそすべてが終わる。しかし、見守るすべての観客の期待に反して、ウィングは一向に舞い上がろうとしない。もう海は目前だ。


 それでも野崎はスピードを緩めなかった。舞い上がるまでウィングにあたる風の力を絶対緩めないわ。彼は、心に強くそう決めていた。もうブレーキをかけても、陸にとどまることができない地点までくると、野崎はパジェロから飛び降りた。パジェロは、大きな弧を描いて、水面にぶつかった。

 パジェロに続いてロープに吊られたリヤカーが海に引きずり込まれた。万事休す。しかし、リヤカーに乗っていたはずの津山はいない。津山は、最後の瞬間で高く、高く舞い上がっていたのだ。

 ハンググライダーは、風を受けてぐんぐんと上昇していった。そして、十分に高度を稼ぐと、徐々に沖にいる船に向かって降下していった。初めての操縦とは思えない。


 やがて、傷だらけの野崎がスタート地点に戻ってくると、埠頭の4人は誰からとなく肩を組んで、津山の飛翔を見守った。


『なんだか、不細工なカモメみたいだなあ』


 中川はそんなことを思ったりしていた。


 機影があまりにも遠く、はたして船の甲板に着地できたのかさえ確認することができない。しかし、ハンググライダーは、確かに乗るはずだった船の方向に消えた。


「そろそろ、俺は行くよ」


 健二がみんなに言った。包帯が巻かれていない手で、みんなと握手すると、彼は急ぎ足で倉庫の影に消えていった。


 やがて、沖を眺めて立ち尽くす野崎と中川と恵美子の周りにパトカーが集結してきた。

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