第38話 埠頭での決闘④

「わーッ!」


 中川は大声とともに、ボートのアクセルレバーをゴムで固定してエンジンを開放した。


 ボートは、一気に回転数をピークに上げ沖へ飛び出していく。中川は、ボートを飛び降りた。ハシケとボートを結ぶロープは、瞬時にピンと張り、ハシケはボートのパワーに耐えられず傾いた。


 ハシケに立つ三人の足が揺らいだ一瞬をついて、健二が舎弟に飛び掛った。中川が恵美子に覆いかぶさった。そして、津山は伊沢に襲いかかる。あと1メートルのところ。しかし、伊沢は反応よく銃を津山の眉間にぴたりと合わせた。


 津山はその場で凍りついたが、その野獣の目は力を失わず、銃口越しに伊沢を見据えた。


「おっと、俺の銃だとアシがつくと困るよな」


 井沢はそう言って、別な銃に持ち替えた。それは、数奇な運命を辿りながら、福島、野崎と受け継がれてきた健二の改造拳銃だった。最後に野崎が鼠に叩かれて、地面に落としたものを伊沢が拾って来ていたのだった。


 眉間に当てられたこの拳銃の引き金を引かれればすべては終わりだ。しかし、津山はこんな絶望的な状態でも勝負は捨てなかった。彼はその銃口越しの視線を、伊沢からはずすことなく、じわじわと間合いを詰めていく。銃口はものを言うなと絶対的な力で津山にのしかかる。

 しかし、津山はそれでも言いたい事は言わせてもらう。と命をかけてにじり寄る。伊沢もいつしかその見据えられた目に押されているようだった。


 中川は、彼女を庇いながらも、その津山の戦いの一部始終を目撃した。津山はこの事態となってもあきらめていないのだ。

 この勝負早く終わらせたほうがいい。本能的にそう感じた伊沢は、今度は何も言わず引き金を引いた。

 銃は、乾いた音を立てた。しかし、津山の眉間に黒い印は付かなかった。その銃口から弾が打ち出される事はなく、銃は伊沢の手の中で暴発し、彼の銃を持つすべての指を吹き飛ばした。不良改造拳銃。器用な健二の不完全な改造が、津山の命を救った。


 伊沢は血だらけの手を抱えながらもがく。そして、足場を失い、埠頭から海へ落ちていった。あの出血状態で海に落ちれば、彼の血のほとんどは海に溶けてしまうだろう。まず助かるまい。兄貴を失った舎弟は、戦闘意欲を無くし、今度も健二の鉄パイプの格好な餌食となった。


 津山は、まず妹のそばへ駆け寄った。妹は中川の腕の中で、振るえていたが、外傷はないようだ。


「仮免。よくやったぞ」


 津山の礼にも、中川は妹に覆いかぶさる腕をなかなか解かない。


「誉めてやるから早く、妹から離れろ」

「あ、すみません。とにかく無事でよかった」


 中川はいい香りを残して離れていく恵美子を名残惜しそうに見つめた。恵美子は安心したのか、天使のような瞳で彼に微笑を返した。


「悪いけど…よかったって言うのは、早いんじゃない。ボートはもうどっか行っちゃたわよ」

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