第35話 埠頭での決闘①

 野崎は、北埠頭まで最短の道を選択した。通常では考えられない短時間で到着したものの、時計の針は6時を5分過ぎており、船はすでに舫を解いて出航していた。


 遠くに船影は見えるものの、航行する船に泳いで追いつけるわけもない。途方にくれる津山の背中に、声をぶつけてきたのは、中川だった。


「どうしたの、間に合わなかったの?」

「ああ、あの船に乗るはずだった…いよいよ俺の旅もこれで終わりのようだ。」


 埠頭のビットに力なく座り込んだ。


「諦めるのはまだ早いよ、マシンガンさん! あれに乗ればまだ追いつくよ」


 埠頭に繋がれているモーターボートを発見した中川に促され、津山は突進した。

 しかし、突然、ボートへの道に、グレーのコートを着た男が立ちふさがった。鼠である。この男が彼らの行く手を阻むまぎれもない敵であることは、三人ともすぐさま感じ取った。そして、その人物が実に強敵である事は、その後すぐ思い知ることになる。


 鼠は巧みなカンフーの脚さばきで、まず津山の顔面に後ろ回し蹴りを食らわした。津山は、マシンガンを打つ間もなく跡形もなく吹っ飛んだ。さらに、津山に迫る鼠に、果敢にも野崎と中川が飛び掛った。中川は、裏拳、野崎は肘うちをそれぞれ食らって簡単に地面に叩きつけられた。

 鼠は津山に近づき、指先を握ると、大好きな遊びをはじめた。骨がきしみ、ついには折れる音が、鼠は大好きだったのだ。ねじ上げられた指に津山が叫び声をあげた。

 中川は初めて食らう裏拳の破壊力に、まだ動けないでいた。それでも野崎はようやく地面から這い上がり、銀行で手に入れた銃を、懐から取り出した。銃口を鼠に向けた。


「離すのよ!」


 鼠は指先の力を緩めた。しかし、野崎との二メートルあまりの間合いをひとっ飛びで縮め、簡単に銃を叩き落とした。野崎が返す手刀で再び地面に叩き付けられたのは言うまでもない。野崎が動かなくなったことを確認すると、鼠は口元に笑みを浮かべながら津山に近づき指を締め上げた。遊びの再開だ。


 遊びに熱中する子供は、注意力が散漫になるが、鼠は津山を弄びながらも、地面に崩れる野崎と中川のふたりへの注意は怠らなかった。しかし、彼に近寄る第三の影には、気づくことができなかった。

 影は、太いパイプを振り上げると、鼠の後頭部めがけて一気に振り落とした。さすがの鼠も予想外の攻撃のダメージは大きかった。

 反撃の機はここしかない。津山は、ふらつく足を踏ん張り、鼠の顎めがけて、マシンガンの柄を思いっきりはらった。顎の砕ける音がした。返す力でマシンガンの柄を今度はひざめがけて払った。今度はひざが砕ける音がした。鼠はそれでもふらつきながら、敵を見定めるために上体をおこした。津山は残った力のすべてを振り絞って、マシンガンの柄を鼠の顔の中央に叩きこんだ。鼻が潰れる音がした。鼠は、遠のく意識の中で、自分の骨が砕ける音に聞きほれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る