第34話 そして再び、男たちの逃走②

 警察のヘリは、獲物を見失い慌てていた。

 地上のパトカーは、ヘリが現れた事によって安心し、無理な追走を緩めていた。もちろん、報道ヘリも津山たちを見失った。全国の視聴者の前で、教習車は忽然と消えたのだ。

 パトカーは、ヘリの指示で最後に見失った地点へ集結する。


「ここで、車を乗り換えるのよ」


 野崎が、地下駐車場で叫んだ。


「でも、乗り換えたところで出口には警察がいっぱい待ち構えてますよ」


 中川が諦めたように言い返す。


「いや、この駐車場は職員しか知られていないけど、緊急時に使用する車両用エレベ

ータがある。それは、別の出口に通じているのよ」


 野崎がと自信ありげに答えた。

 野崎の言葉に、津山は、すばやく反応した。彼はそばにあるパジェロの窓を割ると、ドアロックを解除。そして、ハンドル下から、コードを引っ張り出すと、2本を選び出して、接触させた。車のエンジンはなんなく唸り声を上げてスタートした。まるで、映画を見るような津山の手口に、中川はただ見ほれるばかりだった。


 津山は始動したパジェロからいったん降車し、乗り込もうとしていた野崎と中川を制した。


「ここまでで、十分だ。いままで危ないまねさせてすまなかった。謝るよ。ありがとう」


 笑顔で握手を求める津山の言葉に、二人はとまどった。

 最初は、マシンガンを抱えて飛び込んできた若者に怯えた。やがてこの若者がむやみに人を傷つける殺人鬼ではない事がよくわかってきた。いやむしろ、やり方に問題はあるものの、男気のあるいい若者である。さまざまな事態と難関を3人で共有していくうちに、妙な共感が芽生えてきていたのも事実だった。


 二人は、津山がいろいろなものから追われている事はよく理解できた。彼が一体何をしたのかはよく知らない。しかしそれが、市民を傷つけるような社会的な犯罪ではない事も、うすうす理解していた。この若者はどこに行こうとしているのか。できることなら行かせてあげたい。二人はいつしか、人間としての興味と、やり遂げることの薄紅色の期待を、この若者に抱いていたのだった。


 目を覗きあってお互いの気持ちを探り合っていたが、口火を切ったのは中川が早かった。


「ちょっと待ってください。約束が違います」

「何の約束だ」

「銀行で、僕に女の口説き方と抱き方を教えてくれるって、約束したじゃないですか」

「こんな時に何言ってるんだよ。さっさと教官と…」


 見ると野崎は、すでにパジェロの運転席に座っていた。


「これから先は、時間との勝負よ。道に詳しい私の運転しか、時間に間に合わせる方法はないわ。さっさと行きましょう」


 ついに、津山も諦めて中川とともに車に乗り込んだ。


『なんだよ。それなら、最初から運転してくれれば良いのに』


 中川は、後部シートに乗り込みながら野崎に非難の眼差しを送ったが、彼は気づく様子もない。彼はまたもや自分の発した台詞に酔いしれていたのだ。


 パジェロが、緊急用エレベータを使ってビルを離れた時は、出航の時間まであと10分と迫っていた。パトカーが、地下に乗り捨てた教習車を取り囲んだのは、彼らが駐車場をあとにした5分後である。

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