第33話 そして再び、男たちの逃走①

 やくざ相手と違って、パトカー相手のカーチェイスは、津山たちにとっては過酷なものになった。


 相手は、町を熟知し、本署をセンターとして無線で繋がり、巧みな連携で1台の車を追い詰める。1台また1台と先回りしたパトカーが、津山たちの車の行く手を阻む。何とかかわせたとしても、それは彼らの追走車となり、その数を増していく。


 ここまで、なんとか逃げおうせているのは、野崎のナビゲートと、荒唐無稽な中川のドライブテクニックのお陰だ。とにかく、野崎の指示する道、いや空間に中川は躊躇なく突っ込む。路面が階段であろうと、海まであと数センチの埠頭の縁であろうと、それが家の玄関であろうと。


 パトカーは公道で犯人を追い詰める訓練は受けていたが、さすがに民家の庭に車を乗り込んで犯人を追跡した経験はない。いつも、あと一歩のところまで追い詰めるのだが、教習車は意外な抜け道を発見して逃れていく。


 このカーチェイスの映像は、ヘリを持つ報道機関を通じて全国へ提供された。最初は抵抗するものの、ほどなく警察の機動力に、なす術もなく追い詰められていく犯人の姿は、視聴者もよく目にする。しかし、ここまで巧みにすり抜けていく犯人は珍しい。

 最初は交通機動隊に痛い目にあっているドライバーたちからの心に変化が生じた。そして、いつしか報道映像は、全国の視聴者に痛快なエンターテインメントを提供する娯楽映像と変わってきていた。視聴者はもはや、津山たちの車がどう逃げおおせるかに多大な期待を持つようになった。中にはおおっぴらに彼らを応援するものさえ現れた。


 しかしながら、空からのヘリコプターが、追走に加わったとニュースキャスターから知らされた今、誰しもがもうこれで逃げきるのは難しいと感じた。

 教習車の窓から、空を見上げて、明かに警察と思われるヘリが追走している事を確認した津山も、そのことを痛切に感じていた。車自体も、無理な運転で傷を負い、もうボロボロである。あちこちがへこみ、異音とともにボンネットからわずかながら煙さえ見え始めている。逃がし屋が言っていた出港までの時間もあとわずかな今、北埠頭へたどり着くことは至難の業である。


「おい、教官、仮免。これまでかな」

「諦めるのは、まだ早いわよ」


 以外にもそう言ったのは野崎だった。彼は、中川に右手にあるビルを指し示すと、車を地下の駐車場へ入れるように指示した。

 教習車は、らせん状のトンネルを幾重にも旋回して、地下の一番深い階へと沈んだ。

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