第27話 それぞれの事情①
銀行の外は、すっかり暗くなっていた。
「仮免。車好きなのか」
津山の問いかけに、中川は視線を床に落としたまま答えた。
「いえ、別に。ただ父が取れと言ったから…」
「なんだよ。そんな歳になって、まだ親父の言いなりか。親父がパンツ脱げって言ったらその通りにするのか?」
中川は彼の下品なたとえには答えず、視線は床に落としたままだった。話しかけてもいっこうに目を合わさない中川の様子に、業をにやして津山は続けた。
「仮免。ひとつ教えてやるぜ。喧嘩は、相手から目をそらした方の負けだ。目をそらすということは、自分はあなたに到底及ばない人間ですって認めた証拠なんだぜ」
「僕は…喧嘩はしません。怖いですから…」
「どんなに怖くても、大切なものをまもるためにやらなくてはならない時もある」
津山は、妹を守りきれなかったそう遠くない昔を思い出した。いやな思い出を振り切るように、津山は中川をいじり続けた
「仮免。そんなんじゃ、お前はまだ童貞だろう。」
「よ、余計なお世話ですよ。」
「女の抱き方も知らないんじゃないか?」
今度は中川も返事をしなかった。
「まあいい。今度しっかりと女の口説き方と抱き方を教えてやるから…。ところで仮免。頼みがあるんだが…」
津山は中川に近づき、小声で言った。
「俺に、妹がいてな。妹に手紙を書きたいんだけど、どうも字が苦手で。口で言うから、書いてくれるか?」
「そんなプライベートなこと、なんで僕が…」
「いいだろ、硬いこと言うな。ただし、手紙を渡すだけだぞ。妹を口説いたら、このマシンガンでハチの巣だからな」
銃口を向けられて中川は、仕方なくカウンターのボールペンとメモを取った。津山は、ゆっくりと語り始めた。
「とうちゃん。僕たちどうなるの?」
太一の問いに福島はやさしく答えた。
「だいじょうぶだよ。すぐ帰れるから」
「帰ったら、もう何処へも行かない?とうちゃんがいないと、変なやつが家にきて、かあちゃんを苛めるんだ」
福島は黙って答えようとしなかった。
『許してくれ、太一』
彼は、それをどうしようもできない自分を恥じながら、心で手をあわせた。この足さえなんともなければ、銀行強盗などしないで済んだのに。この足さえ無事なら…。
返事もなく煮えきらない父の反応に、太一は不満顔で、福島から離れてロビーの中をうろつき始めた。
野崎は、腹に硬い銃を感じながら、一人で思い悩んでいた。
彼はもちろん人を殺した事はない。ましてや、銃など触った事すらない彼が、はたしてマシンガンを持つ、犯罪者を制圧できるだろうか。実際、マシンガンを持つ若者はそんなに凶悪でもなさそうだし、このままじっとしていれば無事に解放してくれるとも言っている。
しかし一方で、これは千載一隅の好機ではないかと、こころを煽る自分がいた。外に群がる報道陣。テレビを通じて全国民がここでの成り行きを注目している。この舞台で、偶然手にしたこの拳銃。火力こそマシンガンに及ばないが、うまく使えば彼は一躍ヒーローになれる。あのマシンガン野郎を、この拳銃で制圧し、人質たちを先導して颯爽と銀行から出てくる自分の姿が、全国の津々浦々に映し出される。
その姿は、身震いするほど美しいに違いない。きっと、きっとそれからの自分の人生は変わる。あのいけすかない大家のボロアパートから脱出するチャンスだ。野崎の強い自己顕示欲は、彼を動かすもう少しのところまできていた。
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