第25話 それぞれの願い

 銀行の外も薄暗くなり始めていた。パトカーのライトが回りの建物に反射して目立つようになっていた。くるくる回る赤色のライトのあわただしさは、警察のあわてぶりを象徴するようだ。


 それに比べ銀行内は、対策本部での混乱とは裏腹に、落ち着いていた。


 人質たちは、津山が見える範囲の場所で、自由な姿勢でくつろいでいる。もっとも、津山も人質たちを監視してる風でもなく、愛読書のコミックを読んでいた。やがて愛読書を閉じると、津山が笑いながら人質たちに問いかけた。


「なあ、今なら銃も人質も居るんだから、外の連中は何でも言うことを聞くぜ。何か叶えて欲しい願いでもあるか?」


 今度も一番に反応したのは麻里である。


「こんな時に、楽しそうに何言ってんのよ」


 しかし津山は、麻里の非難にはとりあわず言葉を続けた。


「いいから…この際だから、意気がらないでお前から言ってみろよ」


 そう言われた麻里は、修と顔を見合わせた。ふたりとも父親のことを考えたが口には出さなかった。野崎は有名になることを、福島は足が自由になることを、太一は本来の父親が戻ってきてくれることを、そして中川は判子をもらうことを、それぞれの心に描いたが、口に出すものはいなかった。


「なんだよ…みんなシカトかよ」


 津山は大きく伸びをしながら言葉を続けた。


「とりあえず…みんな腹減ってると思うから、何か食い物を持ってきてもらおうか…」

「あの…君たちが突っ込んで来る前にピザが運ばれてきましたよ。どっかにあるんじゃないかな」


 福島が答えた。その父の言葉に太一が、瓦礫にまみれたピザを見つけ出し、津山の元へ持っていった。


「ありがとうよ、ボウズ」


 津山は持っていたコミックをお礼に渡すと、ピザに付いたほこりを払いもせず、口の中をじゃりじゃりいわせながら、ピザをほうばった。


「お兄ちゃん。とうちゃんの足を元通りにしてくれるようにお願いができるかい?もとの強いとうちゃんに戻してくれるかい?」


 ピザを口に放り込む津山を真剣な眼差しで見ながら、太一が津山にだけわかるように小声で、ついにその思いを語った。


「とうちゃんの足か…。何があったか知らないが、とうちゃんの足がああなっちゃったのは、神様のせいなんだよ。神様がとうちゃんに出した宿題だから、外にいる人間に頼んでもどうにもできないな。とうちゃん自身の手で宿題を終えることができたら、もとどころか、もっと強いとうちゃんになってるはずだよ」


 太一は、津山が言っている意味が良くわからず、あきらめて父親の元へ戻っていった。


 ピザを平らげた津山は、銀行内をあちこち歩き回っている野崎に気づいた。


「おい、教官さんよ。うろうろして何してんだよ。銀行のものには手をつけないでくれよ。全部俺のせいになっちゃうんだから」


 確かに津山の言うとおりに、野崎は銀行内をうろつきながら、金目のものが落ちてはいないか物色していた。目当てのものは、見つけられなかったが、そのかわり別なものをしっかり腹にしまいこんでいた。

 福島が持っていた拳銃が床に転がっていたのだ。教習車との接触で福島が飛ばされた時に取り落としたものだろう。福島も事態の急転に動転してその所在を忘れているに違いない。野崎は津山に注意されて、慌ててもとの位置に戻った。


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