第21話 銀行のあり様③
「俺がこの銀行に来たのは、金を盗りに来た訳じゃない。ただこの金を振り込みたかっただけだ」
津山は怯えた瞳で彼を見つめている人質達に話しかけた。
「この中に、銀行の職員はいるか?」
固まったままで誰も答えようとはしなかった。
「黙って協力してくれたら、何もする気はねえよ」
津山の語りかけにも、しかし人質たちの反応はなかった。
「なんだよ、俺は客だぞ。客の言うことがきけねぇのかよ」
「お客さんは、手に銃を持って、車を玄関に突っ込んで来たりしないわ」
はじめて口を開いたのは、麻里である。
「なんだこの銀行は、客を差別するのか」
津山は苛立って多少語気を荒げた。
「本当に誰にも手を出さないと約束してくれるなら…僕がやります」
修が立ち上がった。
「修ちゃん。何てこと言うの。こんな奴お客さんじゃないのよ」
「えッ、そう…すみません。やっぱり止めます。今の僕の発言は聞かなかったことにしてください」
麻里の剣幕に押されて彼はそのまま座ってしまった。
「簡単に女に説得されやがって…男が一度口にしたことを取り消すもんじゃない。ほら…」
津山は、金の入ったアタッシュケースとともに、三枚のメモを修に渡した。黄の指定した口座、健二から頼まれていた彼の母親の口座、そして妹の恵理子の口座であった。
麻里の顔色を伺っていた修は、やがてすまなそうに目を細めると振り込み作業の為に、カウンターの奥へ移動した。仕方なく、麻里も彼のあとを追った。
残りの人質たちは、手持ち無沙汰になりロビーの中央に集まって少しずつ会話を始めた。
「ところで、おじさん。あたしたちが突っ込んできた時に、ここで何してたの?」
野崎が福島に問いかけた。
「自分ですか?自分は、ここで銀行強盗をしていました。」
「あらま…」
野崎は、あらためて福島を眺めまわした。彼からはマシンガンやろうと違って、到底そんなワイルドなことができるような殺気は感じられない。
『銀行強盗に、マシンガン野郎か・・・。今、こいつら一網打尽にしたら私も一躍有名人になれるのになぁ』
津山と福島を見比べながら野崎はそう考えた。
「子連れで、銀行強盗ですか?」
中川が会話に参加してきた。
「いや、あんた等が飛び込んできた騒ぎにまぎれて、外に居たこいつがここに飛び込んできて…」
福島は、彼にしがみつく息子を優しく見つめて答えた。
『信じられないな。銀行強盗でも、おとうさんが大好きなんだ…』
自分の境遇からは考えられない。そんな親子を眺めながら中川は思った。
ほどなくすると、麻里と修が振り込み作業を終えて、戻ってきた。麻里は、津山に残金の入ったバックを返しながら言った。
「終わったわよ」
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