第20話 井沢の窮地

 一方、彼を追っていた黒塗りの車群は、彼と同じように銀行に飛び込むわけにもいかず、取り巻きの外で、その一部始終を見守るしかなかった。


「兄貴、あいつ銀行へ飛びこみましたよ」

「見ればわかる」


 伊沢は苛立っていた。ことが段々と大きくなっていく。それが彼を追い詰めていくのだ。

 当初は、港の倉庫の中で、すべてが終わる手筈だった。それが、今では野次馬と警察の幾重もの輪の中央に乗り込まなくては、ことが済まなくなって来ているのだ。あの金は、どうしても取り戻さなくてはならない。しかしどうしたらいいのか。たいした策もなく、伊沢たちはとりあえず銀行を囲む野次馬の群に近づいていった。


「伊沢の兄貴」


 彼を呼び止めるものがいた。組長に脅かされて、必死に金と伊沢を探していた銀次であった。


「探しましたよ…兄貴。組長がエライご立腹ですよ」


 伊沢は返事をしなかった。


「三和のおじきから、金を返すようせっつかれているようです。明日の昼までに戻せなかったら、戦争が始まります。とにかく、金を組の金庫に戻してください」

「俺は、持っていない。あのチンピラと一緒に銀行の中だ」

「えッ、何言ってんですか兄貴…」

「うるせえ。金の在り場所はわかってんだから、あとは取り返すだけだ。心配するな」

「心配するなって言ったって…。何が何でも金を取り戻してくださいよ。兵隊がもっと必要なら…」

「要らねえ。俺たちだけでやる。必ず取り戻す」

「そうですか…。組のためにも組長のためにも、くれぐれもよろしくお願いします。ああ、それから港北署の服部さんが早速事務所にやってきましたよ。取り返す前に捕まらないよう充分注意してくださいね」

「わかった、明日の昼までには戻ると組長に伝えとけ」


 そう言うと、伊沢たちは心配顔の銀次を残して銀行に近づいていった。


『服部刑事が事務所に来たとなると、組長と何か取引したな…』


 長年の付き合いで二人の間柄を知る伊沢はすぐさま感じ取った。服部刑事を探そう。彼に、銀行内に入れるように段取ってもらおう。伊沢は、服部が居る筈の現場の最前線へ急いだ。

 この俺様が、あんなチンピラにてこずらされているなんてざまはない。早く、けりをつけて女でも抱きに行こう。しかし、倉庫で会った時から気になっていたんだが、あの憎しみに満ちた鋭い目。あの目はどこかで見た気がする。伊沢はそれが誰だったか必死に思い出そうとしていた。


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