第17話 男たちの逃走

「あのう。聞いても良いいかしら」


 野崎は、銃口を突きつけられて体を硬直させたまま言った。中川といえば、あいかわらずアクセルを踏み込み、必死に前方だけを見つめて車を運転し続けている。


「なんだ」

「一体私たちは何処へ行ったらいいんでしょうか」

「どこでもいい。銀行へ行け」

「えッ、銀行ですか…まさか銀行強盗するわけじゃ…」

「安心しろ。そんな気はない」

「それなら何をしに…」

「そんなことは知る必要がない。用が済んだら、お前達は解放だ。教習の続きでもやってろ」


 その言葉にほっとして、野崎は体をゆるめ、中川はアクセルを緩めた。


「二本先の交差点を右折したら、二百メートルくらい先に、JFU銀行があるわ」

「教官、詳しいんですね」


 中川は小声で野崎に話しかけた。


「当たり前よ。この仕事の前はタクシーの運転してたんだから」

「余計なことはしゃべらず、黙って行け」


 二人は、津山の一喝にまた体を固くしてその使命に没頭した。


 一本目の交差点にさしかかったその時、いきなり黒い車が彼らの前に立ちふさがった。野崎の反応は早かった。教官ブレーキを鋭く踏み込み衝突をまさに一センチ前で回避したのだ。黒い車から伊沢達が銃を持って飛び出してきた。


「きゃーッ、バックよーッ!」


 野崎の叫びに、中川は慌てながらもレバーをガチガチいわせてなんとかシフトチェンジをやりとげた。しかし、アクセルを踏んだ先のハンドル操作は稚拙を極めた。もっともバックの急発進なんて、教習課程にはない。

 教習車は左右に小刻みにぶれた。しかし、何が幸いするかわからないものだ。黒い車の男達は、その小刻みなぶれによって、なかなか銃の照準をあわせることが出来ないでいる。野崎が再度教官ブレーキを踏み込むと、車はきれいにスピンターンをして停止。後方からの銃声に追われるように、今度は前に発進した。

 中川のシフトアップは、あざやかだった。


「あら、あんたも運転うまくなったわね」

「ええ、前に走る分にはなんとか…」

「お前ら余計なこと喋って余裕だな。後ろの車に追い付かれたら、死ぬのは俺だけじゃないってこと忘れるなよ」

「ええッ!」


 捉えられたら自分たちも死ぬのか。津山の言葉に、中川と野崎はあらためて死と直面している自分たちの恐ろしい境遇を自覚した。


 黒い車は、しつこく彼らを追ってきた。捉えられることの恐怖を自覚した中川の、アクロバチックな運転は、危険極まりないものだった。捉えられずとも、事故を起こしたら、死ぬことには変わりないのだが…。

 反対車線走行。信号、踏み切り警報無視。階段降下走行。そもそも、交通ルールや標識の知識が乏しく、先に待つ危険予測ができない人間が運転する車に、やくざと言えども運転経験が豊富な常識的なドライバーがついていける訳がない。同乗している人間にはたまらないが、なんとか、追っ手の姿が見えなくなるくらい距離を開くことが出来た。


「あんた、そろそろアクセル緩めてもいいんじゃないの」


 シートにしがみついていた野崎の言葉に促され、ようやく中川はスピードを緩めた。


「JFU銀行は行けなくなっちゃたから…そうね、その先左折して一本目の交差点の角に、三友銀行があるわ。そこ行きましょう。…ちょっと待って、あの音は何?」


 やっと落ち着いて運転できると思ったのもつかの間、次に彼らの耳に届いた音は、銃声ではなくパトカーのサイレンの音であった。またもや銃口が野崎の後頭部に突き刺さる。


「おい、仮免。銀行に着く前に、サツに捕まってみろ。教官の頭に見通しが利く穴がいくつも開くぜ」

「きゃーッ、目一杯アクセル踏んで。おねがいーッ!」


 野崎三度目の『きゃーッ』であった。


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