第14話 中川と野崎の場合②

 44号車が、一時停止ラインに近づく。


 停止しようとして中川がブレーキに足をかけた瞬間、教習車は急制動した。


「あんたは今までの教習で何を習ってきたの」


 急制動に驚いている中川に、野崎は一方的な物言いで攻めまくる。中川がブレーキを踏むより早く、0コンマ何秒かの差で野崎は教官ブレーキを踏んだのだ。


「これじゃ、ハンコはあげられないわね。はい、車を右に寄せて運転席から出なさい」


 野崎はこの手のいじめが大好きであった。そして、長年の感でそのタイミングは絶妙であった。とはいえ、中川にも1時限たりとも免許取得を遅らせる訳にはいかない事情がある。


「待ってください教官。僕も今ブレーキを踏もうとしていたんですよ」

「『踏もうとした』だけじゃ車は止まんないのよ」

「しかし…」

「いいから、車を右に寄せてあの電話ボックスあたりで停車しなさい」


 中川は渋々従って車を停車させた。野崎はシートベルトを外しながらも、まだくどくどと説教を続けた。


「車の技術はとても進歩したから、どんな人が乗っても簡単な操作で自由に動いてくれる。でも残念ながら現代の科学をもってしても、『思った』だけじゃ動いてくれないのよね。わかる?実際の操作があってこそ…」


 後部ドアが急に開き、若い男が後部シートに飛び込できた。


「ちょっと、あんた。困るわ、教習中なのよ。タクシーじゃないんだからすぐ降りてよ」


 返事の代わりに、野崎の肩越しに向けられたのはマシンガンの銃口であった。


「いいから早く、出せ」


 野崎と中川はこの乱入者の言動に凍りついた。外では乾いた発砲音が二発鳴り響いた。


「後方確認もウィンカーもいらねぇ。ただアクセル踏めば良いんだよ。仮免の運転手さんよ。モタモタしてると、教官さんの頭が跡形もなく吹っ飛ぶぜ」


 津山は野崎の頭を銃口で小突いた。


「きゃーッ、早く、アクセル踏んでよー!」


 野崎の叫びに、中川は反射的に右足を強く踏み込んだ。車は大きなうなり声をあげてりきんでいるものの、発進しない。


「あなたなんてバカなの、サイドブレーキ掛かったままじゃないの」


 野崎は、助手席から手を伸ばしてサイドブレーキを戻した。突然のブレーキの解放により、リア・タイヤとアスファルト道路が強烈な摩擦音を発し、44号車は一気に飛び出した。


 座り直した野崎は、教官用のバックミラーに拳銃をこちらに向けて発砲する厳めしい男達の一群を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る