第13話 服部麻里と修の場合

「修くん。支店長がお呼びよ」


 システム室で、大量のローンの計算書を相手に奮闘している修に、麻里が声を掛けた。彼はCRTモニター越しに顔を出すと、麻里に笑顔を見せながらうなずいて席を立った。

 支店長室に急ぐ修を、書類を胸に抱えて麻里が後を追った。


「修くん。今夜の約束大丈夫よね」

「ああ」

「家に来る時、手土産のお菓子を忘れないでよ。お父さんはそういうとこうるさいんだから」

「それはちゃんと買っていくよ。でも…、麻里のお父さんと何しゃべったら良いんだろう。確かお父さん刑事だよね」

「だめだめ、お父さんは家で仕事の話をするの嫌いなの」

「じゃ、趣味の話はどう?」

「お父さんの趣味は仕事よ」

「…だったら、何を話したら良いんだ」

「何話しても、お父さんのことだもの、返事なんかしやしないわ。お母さん相手に、出てきた手作り料理でも褒めてれば良いのよ」

「なんか気が重いな。お父さんは、僕のことをよく思っていないのだろう?」

「ええ、でももう猶予はないわよ。とにかく直接話ししなければ、何も変わらないでしょ」

「そうだね…」

「そんなことより、支店長はなぜか朝からずっとご機嫌ナナメよ。気をつけてね。あたしもこの書類をコピーしたら、支店長室へ持っていくから」


 そう言って麻里はあわただしくコピー室へ消えていった。


 支店長の呼び出しに歩調を早めていた修は、窓口のロビーでお客の一人とぶつかった。ぶつかった拍子に、相手は大事そうに腹に抱えていた紙袋を床に落としてしまった。右足をひきずりながらあわてて拾いにいくお客を制して、修は床に転がった紙袋を急いで拾い上げると、平謝りした。


「どうも申し訳ありません。急いでいたもので…」


 修は、ご機嫌ナナメな支店長と今夜会う不機嫌な麻里の父の、両方を思う気の重さから、誰でも気づくはずの不審な点を見逃した。床に転がった時の紙袋が発した妙な金属音と、大きさの割にはずしっとくる妙な重さである。


 修は何度も謝り、相手がケガしていないことを確認すると、支店長室へと急いでいった。

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