第11話 昇龍組と服部②

「お前等そんな所にがん首並べてねえで、さっさと金を取り返してこい。どんなことをしても明日の昼までになんとかしろ。なんとかできなかったら、俺の首どころじゃねぇ、組全員が港の倉庫にいる鼠の餌にされちまう。早く行け!」


 岡野のヒステリックな怒声に追い立てられて、組員達は外へ飛び出していった。


 岡野もやはり命は惜しい。そしてこの縄張りも失いたくない。彼がまだチンピラと呼ばれていた頃、この街に流れついて、粗暴な若さと根拠のない度胸で手に入れたこの縄張り。いわば彼の本当の意味での故郷である。

 やくざはやくざなりにこの街を愛していた。もしも金が戻らなければ、おじきが資金力にものを言わせ、彼の組をはるかにうわまわる数の兵隊を組織して押し寄せてくるだろう。結局彼の命を含むすべての物を獲り上げてしまうに違いない。


 彼は煙草に火をつけようと試みたが、指が震えるせいか何度ライターを擦っても炎ができない。業をにやしてそのライターを思いきり床に叩き付けた。


 岡野とて、伊沢の動きが気にはなっていたが、彼が組にもたらす水揚げの金額を考えると、黙認せざるを得なかった。そして、胸に金バッチを付けるようになった最近では、さらに派手に動き回るようになっていた。そんな伊沢を許していた自分を、いまさらながら悔いた。


「よう、岡野。なんだか若いのが大勢飛び出していったが『でいり』でもあんのか」


 見ると服部がドアに寄り掛かりくわえ煙草でニヤついていた。また、タイミング良く面倒くさい奴が現れた。そんな思いはおくびにも出さず、笑顔で岡野は答えた。


「とんでもないですよ。服部さんの所轄の街はいつも平和ですよ」


 そんなお愛想にはとりあわず、服部は煙草を指で弾くと、社長室の毛足の深い絨毯の上で踏み消した。


「ところがなぁ、岡野。どうもお前のところの人間が、その平和を乱しているようなんだよ」


 服部は足元に転がっている電話を岡野の机の上に置きながら言った。電話は足が片方欠けたのか不安定に傾いている。


「しかも、こんな物を撒き散らしてな」


 岡野は、机に投げ出された白い粉の小袋を見ると、観念して肩を落とした。


「言っておきますけどね、服部さん。伊沢が一人で勝手にやったんだ。組に何の関係もないよ」

「そうだよな。お前とはこの街でチンピラの頃からの付き合いだ。薬に手をだしたら、もう俺との仲も終わりだって事は、よく解っているものな」


 服部は見逃してやった岡野の罪状の数々を思い、岡野は服部に渡した情報の数々を思った。


「電話を借りるぜ」


 服部は返事も待たずにダイヤルを回した。


「もしもし、母さんか、…ああ俺だ。今日は早く帰るつもりだったが、事件があって帰れそうにない。…分かってる。男が来るってんだろう。仕方ないだろう、仕事なんだから。麻里に言っといてくれ」


 彼は受話器を置いた。


「服部さん。今日は泊まりですか」

「当たり前だろう。お前等が騒ぎを起こすから、ろくに家にも帰れねぇ…それより相手は何者だ」

「ただの一匹狼のチンピラです」

「おやおや、昇龍組も舐められたね」

「服部さん」


 岡野は真顔で訴えた。


「今度もなんとか協力してくれ。服部さんたちが逮捕する前に、伊沢とチンピラを俺たちの手で押さえたいんだ。俺たちはどうしても取り戻さなければならないものがある」

「それが、薬か、金か…によって話しがかわるが…」

「薬に興味はないですよ。協力してくれたら、お嬢さんが立派な結婚式を挙げられるようにお手伝いしますよ」


 服部は修の顔を思い出し、また気分が悪くなってきた。


「そんなもん要るかッ。…どうだ岡野。俺も定年が近い。現役最後のひと花を咲かせたいんだ。俺の長年の標的『三和の組長』の首を捕るネタをくれないか」

「おじきのですか…そいつはヤバイですよ。そんなネタ渡したら、日本に俺の居場所はなくなっちまう」

「まあいい。考えとけ。俺もお前の希望は一応頭に入れておく。ただあてにはするなよ。港北署の刑事は俺ひとりじゃないんだからな」


 そう言うと服部はドアの外へ消えていった。


 岡野は、彼が外へ出て行ったのを見届けると、すぐさま受話器を取ってダイヤルを回した。金を取り返すために、とりあえず組員を散らした。警察の協力者も押さえた。しかし、それでもまだ万全ではない。あの男に連絡を取るんだ。港の闇の世界によく通じ、金さえ積めば何でもやってくれる。その男は『鼠』と呼ばれていた。

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