第9話 津山と健二の仕事②

 健二はドアの外で見張りに立つ。


 間もなく鈍い音がひとつ。そしてもうひとつ。二つ目の音は確かに骨の砕ける音だ。仕事の成功を確信して、健二のくちもとが思わず緩んだ。

 トイレの中でターゲットが床に崩れる音がした。彼はその音で他の兵隊が注意を向けるのではないかと肝を冷やしたが、彼らは女の尻をまさぐるのに忙しく誰も気づく様子はない。


 津山がゆっくりと出てきた。心なしか顔が上気している。健二は閉じるドアの隙間から中の様子をうかがった。兵隊は汚れた便器の中に顔を埋め、腕は不自然に曲がっていた。そして、便器の脇に転がっているナップザックを目ざとく見とめると、健二の手はもう動いていた。


 津山は、歩調を早めることなく出口へと向かった。ことが終われば迅速に現場を離れるのも、この仕事の基本である。健二も遅れまいとあとを追ったが、予想外に重いナップザックの扱いをあやまり、カウンターの椅子のひとつに引っ掛けた。

 いすの倒れた音は、ボックス席の兵隊達の注意を集めるのに充分であった。もちろん彼らは、健二の持つナップザックの、本来の所有者を知っている。大声を上げて一斉に立ち上がった。津山はテーブルを蹴り上げて彼らの出足を鈍らせると、騒然とする安キャバレーを後に、健二とともに懸命に走った。外はうっすらと朝景色になってきていた。


 津山も健二も懸命に走った。そのせわしない足音が、夜の無人の倉庫街にこだました。海風が吹き抜けるうす汚れた倉庫裏に辿り着くと、ようやくふたりとも冷たいコンクリートの地面に倒れ込んだ。


「健二、てめえって奴は…」


 津山は肩で大きく息をしながら怒鳴りつけた。


「いつも言っているだろうが。現場の物に手ぇだすなって…」


 健二は返事も出来ずに大の字にのびていたが、やっと息がつけるようになると、津山に弁解する。


「だってよぉ、兄貴。勝手に手が動いちゃうんだもの」

「それじゃなぁ。勝手に動かないよう、俺がしつけてやるよ」


 津山は健二の腕を掴み、ねじ上げた。


「ま、待ってよ兄貴。この中身を見てからにしてくれよ」


 彼の差し出すナップザックを見て津山は腕を放した。


「小汚いパンツだのコンドームだの、くだらねぇ物が入っていたら、手だけじゃ済まねぇぞ。さっさと開けてみろ」


 健二は右腕をさすりながら、首をすくめる。彼がナップザックを逆さにして乱暴に振ると、その中身がコンクリートの上で堅い金属音をたてて跳ね上がった。ふたりの息が一瞬止まった。


「兄貴。もしかしてこれ、サブマシンガンだぜ。そうだ、これ写真で見たことあるよ。確かアメリカ製のやつだ。スワップの使ってる本物だぜ。間違いないよ」


 健二の目が嬉しそうに輝いた。彼はもともとガンマニアで、あらゆるタイプの銃を本や写真で知っていた。しかし、残念ながら今まで本物を手にしたことがなかったのだ。


 コンクリートの上の黒光りするサブマシンガンを拾い上げて、おそるおそるトリガーに指を掛けてみた。さすがに本物の重さと冷たさが肌に伝わってくる。彼は夢中になった。マシンガンを構える姿勢を変え、あちこちに狙いをつけながらはしゃぎまわった。


 そんな健二に比べ、津山は冷静だった。

 もう一度ナップザックを拾い上げ、他に何もないかどうか探ってみると、9ミリ口径の銃弾が詰まったカートリッジ数本と透明な袋に入った純白の粉を見つけ出した。


「おい、健二。これは一体何だろう」


 はなから津山の問いなど健二は聞いていない。


「兄貴。このマシンガンはちょっと指が触れるだけで、一秒間に十発はぶちこめるすごもんだって知ってた。やっぱ本物はちがうなぁ。」

『もしかしたら、麻薬かもしれない。』


 いつまでもマシンガンに夢中の健二を尻目に、津山は粉を指先に付けてなめてみた。ちょっと苦かった。しかし、残念ながらこれは格好だけである。なめてみたところで麻薬に一度も触れたことのない津山には、それが確かに麻薬であるのか、仮にそうであったとしても、それがどれほどの質のものなのか分かりようがない。


『本物だとしたら…』


 津山は、白い粉をいつまでも眺めていた。


「もうこんなものいらねぇや」


 健二は懐の自作の改造拳銃を取り出すと、おもいっきり汚れた海へ投げた。

 銃は大きな放物線を描いて飛んだが、飛んだ先で、水面やコンクリートに当たる音はしなかった。


 しかしそのことは、白い粉を手に考え込む津山にとっても、ましてや本物の銃を手に入れてはしゃぎ回る健二にとっても、まったく気にはならなかった。

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