第8話 津山と健二の仕事①

 スマホの履歴を残さないために、ようやく探し当てた電話ボックス。電話を終えた津山は、その中にしゃがみこんだ。そして倉庫に残してきた、健二のことを思っては、泣きながらそのドアをたたき続けた。


 健二を拾ったのは、いつの日だったろう。今では彼を弟のように思っている。あの時、健二のいたずら心から端を発して手にしたマシンガン。それを利用して復讐を思いつかなければ、健二も命を失わずに済んだかもしれないのに…。

 津山は、ボックスのそばの濁った水溜りを見つめながら、あの日の夜の事を思い出した。



 酒場街の裏路地には、必ず乾いたことのない水溜まりがある。どうしてなんだろう。そんな事を思いながら健二は、その水面に映る安キャバレーの欠けたネオンの動きを、いつまでも目で追っていた。彼は客を待っていたのだ。

 彼は、ジャンパーの懐に手を入れると、自家製の改造拳銃に触れた。そうしていると待つことがあまり苦にならない。自然にハードボイルドのヒーローやグラマスなヒロインが彼の頭に飛来し、時間の経つのを忘れさせてくれるのだ。


 そう昔の事ではないが、健二は中学卒業と同時に家を出た。小さな部品工場で職に就いた。手先の器用な彼は、その才能を金属加工の仕事だけにはとどまらず、上司や先輩のロッカーを開ける方にも発揮された。あとはお定まりのドロップアウト。懐の銃は、工場を叩き出される前にモデルガンをこっそり改造した彼の傑作である。実際に撃ってみたことはなかったし、津山以外の人間に見せびらかすわけでもなかった。要するにこの改造拳銃は彼の『お大事』。ドリームメーカートイなのである。


 健二の夢想も客の足音で中断された。客は小肥りした体格のいい中年女性であった。水気のない長髪を肩まで落とし、サングラスとマスクで顔を隠しているものの、目の回りの腫れ上がった痣は目についた。腰にも痛みがあるらしく、歩く姿もぎこちない。


「健二って、あんた」


 客は不機嫌に言った。健二が黙って頷くのを見ると、派手なハンドバックから札を3枚抜き取って彼に渡した。彼は丁寧に数を確認すると、客を残し、水溜まりを飛越して地下の安キャバレーへと小走りに狭い階段を降りていった。


 健二は重いドアを開ける。すると、ひび割れたスピーカーががなりたてるポップス、女たちの矯声、そして客の罵声が、彼の体にぶつかって来た。騒音を掻きわけて、津山の待つカウンターへと進んでいく。津山はそんな騒音にお構いなく、涼しい顔をして熱心にコミックをよんでいた。


「またゴルゴ13なの。兄貴も好きだなぁ」

「ばかやろう、これはこの稼業をしている俺たちにとっては、教科書みたいなもんだ」

「遥か彼方から、銃で狙いをつけて、簡単に人を殺す…。兄貴、俺たちみたいな接近戦専門じゃ、参考にならないっしょ!」

「いや、手本にするのは技術じゃない。スピリットだよ」

「はいはい。お勉強の時間はもうおしまい。お仕事もちゃんとやらなくっちゃね」

「ああ」


 津山はコミックをポケットにしまった。


「ターゲットは誰だ」


 健二が、ひときわ高い矯声を張り上げている奥のボックス席を顎で指し示す。3人組みの米軍兵が、ホステスの体をまさぐりながら酒をあおっていた。


「あのスキンヘッドみたいですよ。いかにも変態面してるじゃないですか」

「みたいですよ、とはいい加減だな。事が済んでから間違いでしたではすまないんだぞ」

「いや確かにあいつです。しかし、いくら金で買った女だとしても、殴る蹴るの上に変な恰好させてむりやりヤルなんて、いただけないスよね」


 健二はそう言いながら、津山のつまみに手をだした。


 やがて、ターゲットが酔いに足をとられながら立ち上がった。ふらふらしながらも、ホステスの肩を借りてようやくトイレのドアに辿り着く。女が兵隊の肩にあるナップザックを持ってやろうとすると、兵隊は乱暴にその手を払いのけドアの中に消えていった。女はそんな仕打ちに肩をすくめながら、ボックス席へと戻り、また矯声の仲間入りをした。


 津山と健二の仕事の開始だ。他の兵隊に気づかれぬようカウンターをすり抜けると、トイレへと移動した。幸いトイレのドアはボックス席から死角にあったので、落ち着いて仕事にはいれる。津山はゆっくりと右手の関節を屈伸させると、背中から三十センチ程の鉄棒を取り出した。そしてトイレのドアを、音をたてぬよう開け、静かに中へ滑り込んだ。

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