第3話、砂漠で日向ぼっこしてたら魔王が来た!

突然だが、俺は風呂に入っていた。

砂漠の中に体を軽く埋らせてるだけだが、ぽかぽかと暖かくていい気分だ。


「おお~、人間が風呂に入るのもこんな感じなんだろうな~」

「気持ちよさそうですね、ヨルム先生」


砂漠の必需品、スノーローブの上級品に身を包んだリーゼは面白そうに言った。

こいつはもともと金欠だったのだが、俺の財産を貸して装備をフルチェンジできたのだ。なんで俺が財産を持ってるかって?ふふん、俺は人間の言葉を覚えてる間に金銀が人間世界では高価だと学んだのさ。

ああいう鉱物は俺の一族が土や岩を食ってるときに消化しきれずに胃に残っちまうものなんだ。普段はペッペッと吐き出してるそれを俺は大事に胃の隅に取っておいた。その一部を売ってリーゼの装備を強化したわけだ。魔法の本とかも買ったぜ。


「ヨルム先生、お水は要りませんか?」

「大丈夫だ~」


この先生って呼び方はリーゼのお気に入りらしい。

俺は仲間っぽくないと思うんだがやめてくれないんだよな。


「ヨルム殿!サンドワームが現れました!」


暑苦しい甲冑を着た男が馬上で叫んだ。

遠方から砂煙が近づいている。


「あいよー。知ってたけど」


俺は砂を撒き散らして地下に潜り、振動で感知していた魔物に近づくと首に噛り付いて地上に引き上げた。


「ピギイイイイイッ!!」


砂から引っ張り出したサンドワームという魔物を俺はぶんぶんと振り回し、砂の大地にばんばんと叩きつけて死亡させた。


「おお、サンドワームを倒したぞ!」

「ついに砂漠の悪魔が死んだ!」

「うおおおおおおおおおお!」


騎士たちが勝ち鬨を上げた。

いや、お前ら何もしてないだろ。


俺にサンドワームの接近を伝えた騎士はウィルドーという名前だ。

でかい都市を通りかかったときに「我々も魔王討伐にご同行します!」と仲間になった王国騎士団のウィルドーと部下30名。一気に大所帯になった俺たちは砂漠の国の大都市に来ると魔王の本拠地とやらの情報を求めた。

その際にサンドワームってやつが暴れて困るから退治してと泣きつかれたんだよなー。俺は面倒だったけどリーゼも頼むし、魔王との戦いを前に前哨戦のつもりでやったんだが……弱っわ!そして小っさ!

俺の3分の1くらいのサイズしかない。

頭も良くないし、肩慣らしにもならなかったぜ。


「こやつはヨルム殿の種族から見てどうですかな?」


ウィルドーがにこにこしながら聞いてきた。

こいつ、やたらと俺の種族や地下世界のことを知りたがる。


「頭も悪いし、ただの虫だな」

「なるほど……。個体数はどのくらいだと思いますか?」

「知らねーよ。地下は広いから俺たちだって知らない生き物や場所も多いんだ」

「なるほど……」


ウィルドーはなにやら考え事をしている。

まあ、頑張ってくれ。

それよりもサンドワームの体を早くも解体し始めている砂漠国の連中に俺は言いたい。そいつ、半分くらい食べていいかな?

そう言おうとした時、空から野太い声がかかった。


「これはこれは。奇妙な魔物がいたものだ」

「ん?」

「な、なにやつだ!?」


俺たちが空を見上げると黒い皮膚と羽を持つ魔族っぽい男が見下ろしていた。その視線はこれでもかというほど余裕と嘲りを含んでいた。

なんかむかつくな。


「お前は誰だ?魔王か?」


それなら嬉しいなあと思いながら俺は聞いた。

魔王の支配領土の中で本人がどこにいるかは今もわかってない。むこうから来てくれたら楽なのにと最近思ってたんだ。


「いかにも。余は魔族と魔物を統べる魔王。名はセイトゥーンである」

「なんだと!?」

「ええー!?」

「よっしゃー!」


ウィルドーとリーゼは驚き、俺は喜んだ。


「あえて余から名乗ってやったのもこの姿を晒したのも理由がある。そこのお前。お前は一体なんだ?」

「え?俺か?俺はヨルムだ」

「お前は魔法で調教されたわけでもなさそうだ。どういう存在だ?」


どういう存在といわれてもなあ。

こういう存在としか言えないぞ。


「こういう存在で勇者だ。じゃあ、戦おうぜ!」

「待てい」


セイトゥーンはやや呆れた顔をした。


「お前はどう見てもこちら側だろう?大きさはグランドワームに似ているが、なぜ下等で邪悪な人間族の味方をしている?」

「え……?うーん、たまたま」

「たまたま……?」


そうだよ。人間の勇者物語が気に入ったから真似したいんだ。


「なぜお前は人間優越主義を唱える知恵腐れたちの味方をする?お前を劣等と断じている生物のペットになったのか?」

「人間優越……なにそれ?リーゼ、聞いたことある?」

「聞いたことは……あります」


亜人である耳長族のリーゼは嫌そうな顔をした。

それを見てセイトゥーンは哄笑した。


「であろうな!そこの種族も人間に併呑され、亜人と蔑まれる種族の一人。哀れな奴隷階級である。私はそれを解放しようとしているのだ」

「わ、私は奴隷じゃありません!」


リーゼは抗議し、おれはなんとなく話の方向がわかった。

今までも何度か経験したが、耳長族や獣人という種族は人間に「保護」されている。んで、鬼人や吸血鬼という種族は魔族に「保護」されている。

どちらも人間と魔族の戦争の巻き添えを食ってるわけだ。


「黙れ、魔王!」


ウィルドーが剣を構え、兵たちに魔法戦を想定した陣形を取らせながら言った。


「わずかな信者しかおらぬ宗教を口実にし、数々の殺戮を正当化する気か!」


それを聞いた魔王はくっくっくっと魔王らしい笑い方をした。


「殺戮とな?多くの魔族を滅ぼしてきた殺戮者が言うか?人類王オルガの駒よ。恥知らずとはお前たちのことだ」


両者の間に火花が散っている。

なんか口喧嘩に移行しつつあるけど、俺はそういうの苦手なんだよなー。


「おーい、そんなのいいから戦おうぜ!」

「え?」

「は?」

「なんだと?」


リーゼ、ウィルドー、魔王がそれぞれ言った。

うん。きょとんとするのはわかるよ。でも、俺にとっては勇者になることが重要だし、この魔王は礼儀知らずで偉そうでむかつく。まずはボコボコにしよう。


「とりあえず戦おうぜ!下りてこい!」

「なんという……まあ、よい。しょせんは愚劣な生物の一匹ということか」


そう言うとセイトゥーンは下りるどころか上空へ舞い上がった。

そして空中に紅蓮の炎を生み出し、それはみるみる膨張した。

ボボボボボ、と勢い良く燃え盛る火球は太陽さながらに大きくなる。


「くっくっく、魔王との拝謁の栄に浴しながら灰になれ!」

「広範囲型火炎魔法か!対抗魔法用意!」

「うわああ!ヨルム先生、逃げましょう!」

「こらあああ!降りて来いよおおおおお!」


俺は飛んでる敵を攻撃するのが苦手なので怒鳴った。

ウィルドーの部下のうち水系魔法の得意な術者が障壁を作り始めるが、あの魔法を防げるとは思えないなあ。リーゼも丸焼きになりそうだ。


「ふははは!地属性魔法が得意であろうワーム族と地上で戦う愚は犯さぬよ!」


げっ!俺が地属性魔法を使えるのを察したか!

いざという時に披露してリーゼたちを驚かそうと思ってたのに。こうなったら隠していても仕方ないか。


「ばれてるならしゃーない。けど、その距離は無用心だぜ」

「なんだと?」


俺の言葉で魔王の表情が少し曇った。

久しぶりに魔力全開で土系操作魔法を使ってみるか。

体中の血液を広げる感じで魔力を放出して…………。


「ぬぬぬぬぬぬぬぬ……」

「うわあっ!」

「砂が!?」


ウィルドーとリーゼが悲鳴を上げた。

周囲の砂が海みたいに動き出したからだ。

俺はうんうんと唸りながら頭の中にイメージを作っていく。

砂の海が濁流に、そして俺の考える形状に変化してゆく。巨大なリーゼの姿を。


「な、なんだと!!」

「ええええ!?なんで私を!?」


はははは!砂漠の都市に砂人形というお土産があったから思いついたんだ。

ドヤ顔してる魔王ならこの滑稽な砂ゴーレムにやられる方が屈辱だろう。


「いけ、リーゼ2号!」

「ちょ……」


俺が創った砂ゴーレム、リーゼ2号が腕をぶおおんっと振ると魔王はセリフを言う前に火球ごと叩かれ、蝿叩きのようにバコーーンっと砂漠に叩きつけられた。

叩きつけた場所に巨大なクレーターが誕生した。


「はい、いっちょあがり」

「お、終わったのか?」

「ヨルム先生!すごいです!でも、あのゴーレムは一刻も早く消してください!」


なんだよ。せっかく創った巨大リーゼが気に入らないのかよ。


「あれを固めてこの砂漠の名物にしないか?」

「嫌です!恥ずかしいです!私が死にます!」


リーゼは泣きそうな顔だが死なないだろ。

そう思っていた俺にまた上から声がかかった。


「恐ろしい魔物がいたものだな」

「ん?」


見上げてみれば魔王セイトゥーンがこっちを見下ろしていた。

おいおい!もう復活したのか!?さすが魔王ってところか!

でも今度は顔が引きつっているぞ。

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