漫画であるような胸キュンシチュエーションを起こして!

 気がつけば七つあった願いの数も、残すところあと二つしかない。随分と少なくなってしまったものだ。


「まったく。こんなに願いを無駄遣いした人間なんて初めてだ」

「うるさい!けどあと二つか、次はもっと慎重に使わないと」


 とはいえ何を願えば良いのだろう?私を好きになったら、先輩おかしくなっちゃったし、美人になったら大変なことになっちゃったし。だったら……


「それじゃあ漫画であるような、先輩と良い雰囲気になる胸キュンシチュエーションを起こしてくれない?それ切っ掛けで、先輩と仲良くなるから」

「随分ざっくりしてるな。というか、そんな不確実な願いで良いのか?仲良くなりたいなら、もっと別のやり方も……」

「今までの願いで懲りたよ。欲張りすぎると、ロクなこと無いんだ。だからもっと、ささやかな願いをするって決めたの。良い雰囲気を作ってもらって、後は自分で何とがするの」

「謙虚なことだな。わかった、その願い叶えよう」


 そうして悪魔は魔法をかけてくれた。いったいどんな胸キュンシチュエーションを起こしてくれるのかな?



 少し時間が流れて、次の日の昼間。

 私が今いるのは場所は学校の廊下。しかしそこはいつもの見慣れた姿をしていなくて、辺り一面火の海になっていたった。


「ちょっと、なによこれー!?」


 少し前に火災ベルが鳴っていた。だけどトイレに行っていた私はすぐには逃げられずに、気がつけば火事になった校舎に取り残されてしまっていたのだ。


「な、何でこんなことになっちゃってるの?ど、どうしよう。そうだ、こんな時こそ悪魔の願いじゃない」


 残る願いはあと一つしかないけど、そんなことを言っている場合じゃない。ここから逃がしてと願う為、悪魔を呼ぼうとしたその時。


「日野、日野か!?」

「えっ、池面先輩!?」


 そこに現れたのは、炎から身を守るため頭に濡れタオルを巻いた池面先輩だった。聞けば先輩も逃げ遅れたのだと言う。

 しかしこれはマズイ。先輩がいたんじゃ、悪魔を呼び出せない。先輩には悪魔の姿は見えないだろうけど、不審に思われるのはよくない。どうしようかと戸惑っていると、先輩が力強い声で言ってくる。


「安心しろ。日野は必ず俺が守る」

「先輩……」


 どうやら先輩は、あせる私を見て怖がっているものと思ったらしい。

 ああ、『日野は必ず俺が守る』、良い響き。もう一回言ってくれないかなあ。

 こんな状況だと言うのに、ついドキドキとしてしまう私。すると先輩は自分に巻いていた濡れタオルを外して、私の頭に巻き付けた。


「少しは炎から守ってくれるはずだ」

「でも、それじゃあ先輩が」

「反論は許さない、先輩命令だ。さあ、突っ切るぞ」


 そう言って先輩は、私の手をとって手口に向かって走って行く。胸がこんなにもドキドキしているのは、火事のせいだけだろうか……








「池面先輩っ、池面先輩!」


 救急車に乗り込む先輩を、私に泣きそうな声で呼ぶ。

 先輩のおかげで、私はほとんど火傷もせずに校舎の外へと逃げる事ができた。けど先輩は。


「日野……良かった、日野が無事で」


 笑顔を作ってくれる先輩。だけどいつもみたいに、頭を撫でてはくれない。先輩の手には、痛々しい火傷の痕があった。先輩は必死で私を守ってくれたけど、そのせいで……




 病院に運ばれていく先輩。命に別状は無いそうだけど、あの腕ではしばらくバスケをするのは無理だろう。先輩、いつもあんなに頑張って練習してたのに。


「先輩、私のせいで……」


 さっき助けてもらった時はドキドキしたけど、今はとてもそんな風には思えない。悲しい気持ちが込み上げてきて、目に涙が溢れてくる。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう?そう思いながら俯いていると。


「どうだ、ドキドキしたか?」

「わっ、悪魔」


 今ごろ何しに来たの?そう思ったけど、悪魔の奴、何だか気になることを言っていた。


「ドキドキしたって、まさかさっきの火事は?」

「ピンチの場面を助けられる。胸キュンシチュエーションだろう?」

「ええっ、その為に学校を火事にしたっていうの!?」


 そんな。私が望んでいたのは、もっと常識の範囲内の出来事なのに。

 確かに胸キュンシチュエーションではあったけど、そのせいで先輩は怪我をしてしまったし。こんなこと望んでなかったよ。

 身勝手な願いのせいで起こってしまった悲劇に、私は愕然とするのだった。



 残る願いの数は、あと一つ。

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