面白いこと、募集中です。
朝昼兼
第1話 ロードサイドのマクド
その日も朝から夜だった。
午前三時に出発すれば朝から夜だろう。割と真面目に言っている。
そんなに早くから私がなにをしているのかというと、単にジョギングである。全行程五キロを早足移動し終わるだけの簡単なお仕事。
朝から晩まで割と忙しいが、幸いなことに夜九時には寝られる休前日があるので、早寝早起きしてこんな時間に外に出ている。
始めた理由はダイエット行動の一環だ。
どういうわけか何しても全く体重が落ちなくなってしばらくたつ。多分ストレスなんだろうとは思っているが、とにかく教科書的な行為をしてみて痩せなければまた考えると思い実行している時期だ。
というか教科書的にずっとやっていて痩せてこないから、多分前提が間違っているんだろうとは思っており、その前提に見当がまるでつかないという変な悪循環にはまっている。
近所の医者では判らない様で、毎回教科書的な手段を勧めてくるのだが、生憎全部やったので、それ以前の話になるんだと思う。
この手の事をしたことがある年上の友人に愚痴ったら、「記録取って見せないと絶対話聞かない奴かもな。逆に医者が必要な位面倒臭い性格してる手合いだ」というので、医者を変えるのも面倒なのでその記録を作ってやってる最中なのだ。
景気の悪い愚痴はさておき、私は全行程五キロの中に、ロードサイドのマクドというおよそダイエット行動に不向きな施設を含めた。
出発時に五百ミリの水のペットボトルを一本持って出るのだが、これを飲みきって丁度トイレに行きたくなるのがそこら辺の位置なのだ。
家からただ行くだけならせいぜい十分位の、丁度良い位置にある。コーヒーひっかけて少しぼけっとしてから帰る位の余裕もある。
スマホゲーの周回しながら考え事したり、通販のカタログ(紙)を持ってって眺めてもいい。ゴールというやつだ。
今日はいつもより活動開始時間がとても早かったので、朝のシフトで顔見知りになったお姉さんがいない。五時頃になるといるが、残念ながら今、四時頃だ。
この位の時間帯になると、はっきり言ってお客はほとんどいない。でも、五時頃になるとまた増えてくるので、一瞬の切れ目みたいなものだ。
ところが今日は珍しく、男女混合編成の集団がそこにいた。
この手の集団は時間が早ければ珍しくもなく、しかも何かすごく深刻そうにその場に居ない赤の他人の色恋沙汰の話とかしているものだが、今日のは珍しく、卓を囲んで何も言わずにぽつねんとしている。
ひとりではない。全員がぽつねんとしているのだ。
ひとことも口をきかない分には、静かで結構なのだが、眠いとか疲れたとかそんな感じでもない。いや、疲れた感じはするか。顔色が悪い。
この沈痛さ、どこかで見た感じがするが、どこだったか……小学生の時、農業用水にはまって死んだ同学年の子供が居たが、その葬式で霊柩車を見送った時のあの感じと似ていなくもない。
以前住んでいた北海道の田舎にあった、猛烈な轟音で急流の如く流れる深い農業用水に入って遊ぶとか近づくとか落ちるなどとおよそ子供心に考えにくかったのだが、なんというかその、後悔というか、苦渋というか、沈痛にしていなければならないような、なんかそんなものがない交ぜになった感じの時間だった。
私も大概余計なことばかり覚えているけども、とにかくそこにいたのはそんな感じの集団だった。
誰か出がけに車で人でも轢いたのかとも思ったのだが、それならこんなところで黙って俯いてはいないんじゃなかろうか。
私は彼らの友人知人でも何でもないので、話しかけることはしなかった。何事もなくカウンターに近づいて、コーヒーだけ注文して、割と定位置にしている、時計の真ん前の席に座る。そこから例の集団も見えるが、少し遠い。
つぶさに観察しようというのではないから別によいだろう。
こっちも、スマホの時計をいちいち表示させて確認するのが面倒なこともあるので、空いていればここが定位置だ。
ひと走りしてきて目は覚めているので、今日は、スマホゲーの周回と、朝からの予定の書き出しメモ(最近特に疲れているせいか、これをしないと時間についていけない)、暇つぶしに持ってきた通販のカタログのチェックをして帰る。
そう思ってカタログを引っ張り出し、筆記用具からボールペンを出してすみから隅までチェックを始めたはずが、どうしても上目でちらっちらと集団の方を見たくてたまらない。
何か興味を引くものがそこにいるとか、何か妙な話をしているとか、そういうものは全くないというのにだ。
あんまり変に興味をひかれるので、手元のスマホのSNSアプリをたちあげ、こそっと打ち込む。
『おはよう。今ジョギング終わってまくどにいるんだけど、何もないのに妙に他人が気になることとかあるのかな』
この時間なのと、漠然としすぎているので即レスがつくとも思わない。と、まだ起きている宵っ張り、遠くに住む年上の友人からレスがついた。
『朝からハイカロリーだな。まあ普通はないよね』
『コーヒーだけです(けちな客)。余程血まみれとかってんでもない限り普通は気にならないよねえ……』
『どうかしたの』
『知り合いでもない集団が気になってしょうがなくて、不躾すぎるんで、まあ気晴らしにカタログに穴開けして周回して帰ろうかと』
『穴って』
『ボールペンでブスッと(覗き穴)』
草が生えていいねがついたのでその辺にしておいた。
スマホゲーのアイコンをタップする前に、店のフリーWi-Fiに接続する。
今やっているスマホゲーは、イベントの合間で周回期間に入った時期だ。
そこまで真面目に周回したり、金もないものお布施もしないが月初のアイテムが欲しいのでちょっとやろうというわけだ。
この時間帯なら店の回線サービスも空いているので、規定通り六十分フルにつながってくれる。ジョギング中音楽を聞くためにつけていたヘッドホンは要らないから引っこ抜いて鞄にしまった。
接続の手順を踏んで、ログイン……
ちゃらららーん
「ちょっ」
ヘッドホンを使っていたせいでうっかりしていた。
昨日の晩、音をじゃんじゃか鳴らしてやった名残で、スピーカー音量が最大になっていたのだ。
慌てて音を小さくすると、ふと、集団のひとりがこちらをチラッと見た。
すんません、と愛想笑いで会釈すると、なんか我に返ったような顔で会釈を返された気がした。
そういえば、その卓の他の人どうしたの。これだけ壮絶な音出したのに気がつかないのだろうか。
何だったら、途中で中断してるバトルSEたっぷり聞かせようか……。
などという度胸もあまりないので、消音にしたまま周回を始めた。
ヘッドホンを刺せばいいじゃない、とも思ったのだが、しまってしまったものを出すのも面倒だった。
そんなわけで少しは目の前の集団に対する変な興味が紛れるかとも思ったのだが、これがおかしいことに全く紛れない。
通販カタログの煽り文句から何から何まで検討して印付けしながら、強くも弱くもない手持ちのキャラでぽちぽちバトルして、合間にコーヒーを飲み、手元の紙に、後で手帳に挟むための今日の予定を書き出しているというのに、なんでそんな未だ無言の行を続けてるような、ちょっと気味悪い集団の何かが気になるというのか。
そもそも、その集団は無言の行をしているのか。
ふとそんな気がして、顔を上げて目の前の集団を見ると、一気に店内の音が戻ってきた。
……聞こえないのは私の方だった。
もそもそとだが、彼らは何らかの話をしている。
私の耳は、穴ほじりすぎで逆にかゆくなるレベルでいじっている。あまりかゆいので耳鼻科に行ったらそう言われた。
聞こえない位耳が詰まってるとしたら耳垢じゃなくて異物で病院案件のはずだ。
何か理解しがたい事態が起こっていたのは私の方だった。だが何だ?
顔上げついでに時計を見上げると、そろそろ三十分がたつ。
そろそろ冷めて半減したコーヒーに口をつけ、カタログを閉じ、今日の予定がいまいちやりきれない感じなので少し減らそうと頬杖ついて周回とメモ作業に戻ったそのとき、妙な事に気がついた。
少し離れた所にある、座席スペースと注文スペースの仕切りの焦茶色の壁に、膝から下の足がはまって見えるのだ。
綺麗にはまっている。色がほぼ一緒だということに気づくまで少しかかった。
最近の人のご多分に漏れず、というか親に似て、私はド近眼で眼鏡の度も割ときつめなのだが、まだ安い眼鏡屋さんの在庫のレンズで間に合っているし、幸いそこまでの年齢ではないので老眼はない。
その膝下が何かの見間違いということはない。
実のところ実話系怪談みたいな話も、昔は無縁ではなかったが、今では遭遇自体が珍しいってだけで、可能性として無くはないのだ。
今?
今は、現実の方が少々大変で、ストレスが猛烈に溜まっているらしく、人のことを気にしている余裕がそもそもない。
浮かれたオバケみたいな暇な者とは無縁であると言ってもいいだろう。
この話をすると無限に本題からずれていくのでこの辺にしていいだろうか。とにかく、なんか変な色の膝下の足が壁にはまっているのだ。
はまっているだけなら、いいか……そう結論して、もう三十分の周回に戻ろうとしたそのときだ。
店内にいたであろう蝿が飛んできて、卓の端に乗った。
それをしっしと追い払うとき、そのはまってた足がなんとなくこちらに一歩でてきたのが見えたのだ。まだ膝から上はない。
面倒くせえなあ、と息と一緒に本当に小さく声が出た。誰も聞いていないか、間近に居れば聞こえる程度の声。隣に誰も座っていない。
「何だよ構ってやってるのに失礼なガキだ」
いきなり自分の手の辺りから声がして、危うくコーヒーのカップを吹き飛ばしてびびる所だった。
ガキなのは結構だが、そこまで上から目線でお構いいただく必要はない。どっちが失礼なのか。
そんなだからいつまでも、使い古しの昭和の怪談ネタみたいな膝でそこら辺をウロチョロしてることになるのだ。
二度見ると、さっきまでただの卓だった手の下に顔がある。顔があるのだ。大して良くも含蓄も無い面白みの無いオッサンの顔。洗ってんのか? ふざけるな。
私は、無言でその顔の上にコーヒーの紙カップの底を置き、残りの部分に肘をついた。
私がガキなら貴様はそもそも顔が汚い。邪魔だ。
その状態でおよそ三十分が過ぎた。周回は一度接続が切れることで、制限時間を過ぎたのがわかる。
膝下はというと、未だ先の位置にいる。
肘の下の顔はない。まあどこかにあるのだろう。
外も相当明るくなっており、蝉が鳴き始める頃だ。夏の朝の蝉ほど腹立つものはない。これから暑くなりますよじゃないのだ。
元々夏に三十度いけば暑いところの出身なので、現住所、諸般の都合で引っ越してきた西日本の夏の気温が、体感で「四十度の風呂が平気な人を六十度の湯に頭のてっぺんから足の裏まで十時間以上漬けてるような状態」とほぼ変わらない。
それで体調崩してしばらく経つ身としては、とにかくこう、昼だけ鳴けと思うのだ。殲滅したくなる。
すっかり冷えたコーヒーを一気に飲み、来週からアイスコーヒーかなと思ったそのとき、卓の上から声がした。
「ゲームするのに何時間いたの? 彼氏できないでしょキモっ」
この馬鹿は生前絶対ウェイだが非モテでモテのケツにくっついて歩いてた金魚の糞というクソ野郎だったに違いない。
いや、生前とか知らないがこの、口のまずさと悪さを勘違いしてる性悪ぶりは、隣まで三キロメートルある余程の田舎にも、若ければあんまり居ない手合いだ。きっと年寄りに違いない。
死因もせいぜい酒飲んで夜歩いて用水路にはまって死んだに違いあるまい。この辺じゃ年寄りがそれでよく死ぬし、車も若干落ちる。
まあ、こいつの生前や死因などどうでもよいか。
私は、こめかみに絵がついていれば古式ゆかしき青筋がついているであろう気持ちで、おもむろに先程閉じたカタログを縦に二つ折りにして、卓を叩いた。
それはそれはスッパアアアアンと綺麗な音がした。
店中がこちらに向き、カウンターの向こうから顔見知りの店員さんが出てくる。もうこうなっては愛想笑い浮かべて謝る位しかできない。
「あ、すみません、おはようございます……」
「おはようございます! どうしました?」
「ごめんなさい、最近外ホラ蝿多くって、二匹とまったんでスパんっとこう……もう帰るんで、お騒がせしました」
「いやー蝿多いですね、すみません、こちらこそ。見かけたら退治しておきますネ」
謝っていると、膝下はいつの間にか消えていた。
カタログを紙ナプキンで拭いて慌ててしまいこみ、ゴミを捨てて帰る私の背中に、店員さんが声をかけてきた。
「ありがとうございました~! またきてくださいね!」
明後日くらいにまた来ます、と心の中で返事して、私は慌てて家に帰った。
ふと、私の足下に膝下の靴が着いてくる。幸いにして断面が見えるわけではなくて気持ち悪さは若干和らいだ。
だが正直、幽霊としての気持ち悪さでなくセクハラ田舎ジジイの気持ち悪さが先に来た。
気持ちの余裕が少しかあれば、体調崩す前のようにできたのだが、何せこう調子が悪いのでは……
……やってみようかな。
大した大物っぽい気配も無いし、体力そのものはあるはずだ。家に帰る前に、こいつやっつけちゃおう。
私は、少し遠回りの帰宅になるが、住宅街の細い道に入った。空が白んで、近所の住人が散歩やジョギングに出る時間帯だ。
空き家と、おばあさんがひとり住んでいる家の間の、車道に抜ける抜け道で、靴紐を直す顔でしゃがみ込み、私は焦茶色の膝下の足首を掴んだ。
暴れる気配がするが、体重が無いくせに生意気だ。
見る人が見れば掴んだ手が光る。
空いた手でもう片方の脚を捕まえた。
「せえのっ!」
ジャイアントスイング風に三回転ほどして脚を放り投げると、少し離れた空中に三分の一ほど薄緑色で後は焦茶の作業着の全身が現れた。ちょ、やめ、もうしませんと悲鳴が聞こえる。
怒らせるのが悪いのだ。二度しね――
と光る拳を構えた瞬間、焦茶色のオッサンは軽トラに轢かれて消えてしまった。
私はすっかり拍子抜けして、文字通り構えた拳を引っ込めた。
なんか朝から疲れた。
体力が無いわけでも健康状態が悪いわけでもないので、気力が全く充実していないんだと思う。
久しぶりに成功したら少しは溜飲が下がったろうけども、今日は不発だ。
今日もまた普通の人の生活だ。幸い朝から晩まで出かける用ができているので、忙しくはあるけれども。
何か面白いこと、ないかな。
面白いこと、募集中です。
【了】
面白いこと、募集中です。 朝昼兼 @brunch_am1030
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